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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

 一体、どのような顔をして秀龍と逢えば良いのだろう。
―あなたは、ずっと―最初から私を裏切っていたのですね。
 昨日、色町前の通りで、言いたい放題の言葉を投げつけ、あまつさえ、勝手に家出をしてしまったのだ。幾ら寛大な秀龍でも、今回ばかりは腹を立てているのは間違いない。
 そんなことをつらつらと考えると、到底、秀龍に合わせる顔はない。
 春泉は立ち上がり、そろそろと入り口に近づいた。両開きの扉をそっと開け、周囲を窺う。まるで悪戯を見つけられるのを怖れる子どものようで、我ながら情けない。揃えて置いてある絹の靴に脚を入れると、もう一度、様子を窺った。
 このまま、秀龍が帰るまで、どこかに隠れていようという魂胆は見え見えだ。
「―春泉、何をしているのだ?」
 背後から突如として声をかけられ、春泉はヒッと悲鳴を上げて飛び上がった。あまり色気のない声である。
 前方ばかり気にしていたため、後ろはすっかり警戒を怠っていたのが運の尽きであった。
 今日も秀龍は憎らしいほど凛々しい。
 春泉は少し気後れした。母に目一杯おしゃれするようにと言いつけられたものの、どうも、いつもとあまり変わり映えしないような気がする。
 紺色のチョゴリに、眼にも鮮やかな紅色のチマ。チマには手描きの花模様が散っている。たっぷりとしたチマがふわりとひろがっている様は、大輪の薔薇が花ひらいているようだ。もちろん絹で、母が今度皇家を訪ねるときに春泉への土産にしようと、仕立屋の崔留花に頼んで仕立てて貰ったものだと聞かされた。
 着飾っている割には、髪に挿した簪は銀製ではあるが、飾りも石もついていない地味なものだ。それが少し気にはなる春泉であった。
「また、私から逃げるのか?」
 笑顔の中に少しばかりの皮肉を混ぜて言われ、春泉はふるふると首を振った。
「いいえ、まさか。そんなつもりはありません」
「折角、天気も良いのだから、ここで話そうか」
 秀龍の提案に特に異存はない。
 はい、と、頷くと、秀龍は少し眼を細めてじいっと春泉を見つめた。

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