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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

 今、口を開けば、相手に自分の感情が伝わってしまう。彼は同情は嫌いだし、春泉だって、何も同情を引くために彼に話したのではないことは、よく判っているから、彼は敢えて同情めいた科白は口にしなかった。口に出さなかった分、春泉への不憫さは募った。
 素直に身を任せられない理由の一つに、子どもの頃のあまりにも苛酷な体験があったとは思いも及ばなかった。悲惨な時代が彼女を深い哀しみに追い込み、いつしか〝家庭〟というものに甘い幻想を抱かせなくなった。
 結婚を控えた娘の何とはなしに華やいだ気持ちも恐らく彼女には無縁だったに違いない。春泉を不幸に陥れた身勝手な両親に怒りさえ憶えた。
 子どもに罪はない。不仲な両親を間近に見て育てば、長じて結婚しても、〝良人〟に対して何の期待も抱けないのも当たり前、結婚が決まった時、彼女が恐らく地獄に送られるような絶望的な気持ちになったとしても不思議はない。
 この話を聞いた時、秀龍は自分がここに来た目的をはっきりと意識せざるを得なかった。
 春泉にあのことを告げなければならない。
 翠月楼の妓生、傾城香月と他ならぬ秀龍自身の拘わりについて。 
 可哀想に、春泉もどんなにか訊きたいだろうのに、自分の話をしただけで、自分からはけして切り出そうとしない。
 彼女がそれだけの思いやりと気遣いを見せてくれるのなら、やはり、彼もまた誠意をもって応えねばならない。
 あの日、春泉に白牡丹と共に贈った〝真心〟という言葉に恥じないように。

 どうも、秀龍の様子が変だ。気もそぞろというか、そわそわしている。何か話したいことがあるのに、なかなか切り出せないといった様子だ。
 春泉は、彼を落ち着かなくさせている原因は、あのことだと直感した。むろん、香月と秀龍の関係だ。
 昨日、自分ははっきりと見てしまったのだ。秀龍が色町から出てくるのを。最早、ごまかそうとしても無理だと、秀龍ほどの利口な男なら悟っているだろう。
 それに、つい今し方、
―私はそなたをこれから先、生涯、傍から離すつもりはない。
 あそこまで妻への想いを言い切った男が妓生と妻を二股かけていたとは思いがたい。

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