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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

「私が初めて香月、いや、英真に出逢ったのは、今から遡ればもう十四年も前のことだ。丁度、今日のように、眩しい五月の空の下で陽の光を一身に受けて風のように庭を走り回っていた。幼い頃の英真は、たいそうやんちゃだったよ。初めて彼を見た日、私は親友の屋敷を訪れていた。英真の兄は明賢といって、私と同年、そのとき十歳で、英真は五つ下の五歳だった」
「その頃から、ずっと三人はご一緒だったのですね」
 春泉の相槌に、秀龍は遠い眼で幾度も頷いた。もしかしたら、今、この瞬間、彼が見ているのは眼の前の風景ではなく、彼が親友やその弟と共に過ごした、はるかな少年時代なのかもしれない。
「英真は型破りな男だが、あれで政丞(チヨンスン)の血を引く、れっきとした両班の倅だ。父は当時、右議(ウィジヨ)政(ン)を務め朝廷の重臣中の重臣と讃えられ、その衷心を主上(サンガン)さま(マーマ)も認められているほどの忠臣でもあった。私の父と彼等の父、つまり父親同士が飲み仲間で、家族ぐるみが親戚のように親しく行き来していたんだ」
「何だか羨ましいようなお話です。私はずっと友達らしい友達もいませんでしたし、話し相手といえば、オクタン一人でしたから」
 それはお世辞でも何でもなく、春泉の正直な気持ちだ。父には姉と妹がそれぞれ一人ずついたものの、実の姉妹すら、父の罪深い行いを恥じて嫌悪し、柳家の屋敷に寄りつこうともしなかった。母方の親戚は、母が父と結婚する際、生涯付き合いはしないという柳家側の条件があった。
 うつむいて語る春泉を、秀龍が優しい眼で見つめた。
「そうだな。春泉にとっては、オクタンは母であり、また何でも話せる友でもあったというわけだ。オクタンがそなたの傍にいてくれて良かった」
 まるで我が事のように言う秀龍の言葉に、春泉は胸が熱くなる。彼の優しさが温かなものを呼びさまし、心の中が満たされてゆくようだ。
「思い返してみれば、英真はいつも風のように生きてきた男だ。彼は出逢ったときと少しも変わらない。父と母と兄を同時に失い、孤児となっても、彼の本質は昔のままだ」
「何故、亡くなられたのですか?」
 込み入った事情を訊いて良いものかどうか迷ったのだが、差し支えがあれば、秀龍は応えないだろうと思ったのである。

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