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　秀龍の話を聞いている中に、もしかしたら、と、春泉は思った。
　香月こと英真は、生まれ変わりたかったのかもしれない。幾ら振り返ってみても二度とは取り戻せない過去と訣別し、全く別の人間として生きてみたかったのではないか。
　だからこそ、大方の物事について寛容な秀龍さえ〝異端〟だと評した生き方―男ながらも女として生きるという前代未聞の道を選んだのではないだろうか。
　むろん、それは、あくまでも春泉一人の想像の域を出ないのだけれど。
　春泉が想いに耽っていると、秀龍がその場の雰囲気を変えるように明るい声音で言った。
「香月に言われたことがあってね。あいつの様子を見がてら、翠月楼にはよく顔を出すからな」
　そこでちらりと春泉を見つめ、笑った。
「そのせいで、そなたに香月との仲を誤解され、今度こそ永遠に嫌われてしまうところだった」
　春泉は、その指摘にただただ、赤面するばかりだ。
「香月に叱られたよ。あまりに性急すぎるのは良くない、かえって女人に嫌われると。何でも女人を口説いて、その気にさせるのは、さり気なく行うのがその極意なんだそうだ」
　秀龍の話を聞きながら、なるほどと漸く納得できた。
　弟を守ってやってくれ。
　今もなお親友との最後の約束を守り続けている秀龍。友との約束を果たすために、彼はせっせと翠月楼に足を運び、香月と逢っていたのだ。人の眼には、それが、堅物の皇秀龍がついに稀代の妖婦傾城香月の色香に血迷った―という風に見えたのだ。
　しかし、香月の正体を知る者は少ない。世の人の多くは、香月と秀龍の関係を妓生とそれに溺れた客としか見ないだろう。
　それでも良い。春泉は思った。
　自分だけは信じているから。この男を信じられるから。真実は春泉の胸にさえあれば、それで十分だ。
　春泉の物想いをよそに、秀龍は香月から伝授されたという恋愛極意、もしくは女人の心を掴むための秘技とやらを大真面目に語り続けている。
「彼に言わせれば、私は檻の中の熊だそうだ」
「はあ？」
　春泉には、どうも意味不明の科白である。