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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

 英真のその後は、春泉も大まかなことは母の話で知っている。
「後から考えれば、笑い話になってしまうが、私は今でも、そのことについては英真の兄に顔向けできないと思っている。英真の生き方をすべて否定するつもりはないが、今のこの国では、あいつの生き方は異端でしかないだろう。あいつが〝家〟を出ようとした時、私が止めることができていたなら、英真の人生ももっと変わったものになっていただろうよ」
 男でありながら、女のなりをし、しかも身をひさぐ妓生として生きる英真こと香月。そのけして普通とはいえない生き方を彼は後悔したことはないのだろうか。これから先、元の世界に戻りたいと願うことがあるのだろうか。
「英真―いや、そろそろ香月と呼ぼうか。香月の兄は私の無二の友だった。その明賢がある時、ひょっこりと思い出したように私を訪ねてきたことがあった」
 秀龍の瞳がまた遠くなる。
「あれは、彼の父である右相大監が処刑された次の日の夜だったかな」
 明賢は夜陰に紛れて、ひっそりと皇家を訪れた。長居をしては皇家にも秀龍にも迷惑がかかるからと、明賢はわずかな時間、話しただけですぐに帰っていった。
「今から考えれば、明賢は別れを告げにきたのだとしか思えない。恐らく虫が知らせたのだろう。特に話すことがあったわけでもないのに、お前の顔が急に見ておきたくなったのだなどと言っていた。いよいよ帰るというときになって、急に振り返って告げてきた言葉が友の最後の言葉になった。明賢は私に言ったんだ。もし、自分に何かあったら、まだ幼い弟をよろしく頼むと」
 あのときの友の言葉は遺言となった。あの遺言を守れなかったことだけが今も心の悔いとなっている。
 秀龍は話の終わりにそう洩らした。
 春泉はハッと胸をつかれた。
 秀龍の頬が濡れている―。
 春泉の視線に気づいた秀龍が面映ゆげに首を振った。
「男が泣くのは女々しいと常々思っているのに、そなたの前で泣くとは。これで、また、点数を下げたかもしれない。だが、春泉よ、滂沱の涙を流したからといって、もう明賢は帰ってこない。すべてはもう元には戻らない昔の話だ」

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