テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

 秀龍には〝性急なのは嫌われる〟とか何とか言っておきながら、英真は気に入った女には速攻直撃で猛烈に迫る。甘い科白で巧みに女心を揺さぶり、あっさりとモノにしてしまうのだ。
 ―と、起こりもしないことをあれこれと想像してみては、蒼くなったり紅くなったりして狼狽える。
「秀龍さまがおいやだとおっしゃるなら、香月に逢うのは諦めます」
 やっと春泉が諦めたようなので、秀龍は内心、ホッとする。
 もちろん、そんな良人の心の内は知らぬが花の春泉だ。
 香月に逢えないのは残念だが、この際は諦めて引き下がろう。幾つもの試練を経てやっと仲直りできたばかりなのに、こんなことで意地を張ったせいで、また秀龍と仲違いしてしまうのはいやだ。
 だが、まだまだ人生は長い。これから先、香月にどこかで逢うこともあるかもしれない。何なら、こっそりと屋敷を抜け出して翠月楼を訊ねてみても良いのだ。
 香月が女装の麗人なら、春泉は男のなりをして客を装って登楼するのも一つの手といえるだろう。むろん、自分は男装の〝麗人〟とは到底、言えないだろうが―。
 秀龍はまだ、自分の愛する妻が実は、一度思い立ったら必ず実行に移す女だとは知らない。気の毒な秀龍である。
 春泉が頭の中であれこれと愉しい空想をめぐらせているとは露知らず、秀龍がしみじみとした口調で言った。
「考えてみれば、私はそなたが欲しくて、奪おうとすることばかり考えていた。だが、真実の愛とは相手から一方的に奪うばかりではなく、互いに与え合うものではないかと、そなたと出逢って考えるようになった」
「簡単なようでいて、難しそうですね」
 秀龍の言うとおりだ。納得顔の春泉に、秀龍は頷いた。
 愛は奪うものではなく、与え合うもの。では、自分は彼に何をしてあげられるだろうか。多くの試練を経て、自分にとって限りなく大切な存在だとやっと気づいた彼に。
「実のところ、私自身もまだ、そなたに何を与えてやれるかは、はっきりとは判っていないのだ。でも、これからそなたと一生かかって、その応えを探してゆきたいと思っている」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ