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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

「私はこれ以上、何も望みません。秀龍さまが私の傍にいて下れば、それで十分すぎるくらい幸せなのです」
「春泉」
 秀龍が感に堪えたように声を詰まらせた。
 嬉しげに笑うその春の陽溜まりのような笑顔に、春泉もつられて微笑む。
「私からも、もう一つだけ訊ねても良いか?」
 問われ、春泉は素直に頷いた。
 もう、この期に及んで、隠し事は何もない。
 秀龍はわずかな逡巡の後、ひと息に言う。
「そなたは、他に好きな男がいるのではないか?」
 それは、ずっと秀龍の心にかかっていた疑念であった。殊に、天上苑での春泉の言葉は、いまだに彼の心に重くのしかかっている。
 春泉は淡く微笑んだ。
「確かにそんなこともありましたけど、もう昔のことです。―私の初恋でした」
 今なら、心から言える。光王は、春泉にとって、既に想い出の中の人になっていた。
 秀龍が頷いた。
「そなたが私を信じてくれたように、私もそなたを信じるよ」
 秀龍の手が伸び、春泉の黒髪に触れた。かと思ったら、春泉が挿していた銀の簪を抜き取る。
「気に入ってくれると嬉しいのだが」
 照れた秀龍がわざとぶっきらぼうに言い、袖から取り出した紅(ロ)水晶(ーズクオーツ)の簪をそっと艶やかな髪に挿してやった。
 何の花を象っているのかは判らないが、小花が幾つか集まっている簪は、春泉の清楚な雰囲気とよく合っている。
 視線がまともにぶつかり、二人は恥ずかしげに頬を染め、どちらからともなくうつむいた。
「春泉、私を見てくれ」
 名を呼ばれ顔を上げると、そっと背中に秀龍の手が回されて優しく抱き寄せられる。
 そのまま秀龍の整った貌が近づいて唇が重なる―はずだったのだが。
 フミャアと、何とも場違いな猫の鳴き声が折角の良い雰囲気を破り、秀龍の甘い夢を台なしにした。
「おっ、おい」
 秀龍が顔を引きつらせ、脚許を見下ろすと、春泉の愛猫小虎が丁度抱き合う二人の間に割り込むように座っていた。
「お前、いつのまに―」
 心底恨めしげな顔で小虎を見た。

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