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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

 しかし、綺麗だとか美しいとは言えずとも、もしかしたら、少しくらいの愛敬はあるのではないかとほんの少しだけ希望が持てたことも確かではあった。
 そこで、玉彈がまたハッと我に返った様子を見せた。
「お嬢さま、申し訳ございません。あまりにいつもとご様子が違うので、つい言いそびれてしまったのですが、勝手口の方に留花(リユファ)が参っております。何でも半月前に頼んでいた外出用の晴れ着が仕上がったとかで持参したそうです」
「留花が来ているの?」
「さようでございます、お嬢さま」
 玉彈は恭しくもう一度繰り返した。
 崔(チェ)留花(リユファ)は町外れに占い師の祖母と共に二人で暮らしている。十八歳になったばかりだが、病床の祖母に高価な薬湯を呑ませるため、仕立物の内職をして生計を支えていた。
 祖母はかつては〝よく当たる〟と評判の、かなり名の知られた占い師であったというが、今は寄る年波と病には勝てず、殆ど寝たきり状態だと聞いた。
 むろん、留花は柳家に出入りする大勢のお針子の一人にすぎず、母が贔屓にしているお針子は他にも何人かいる。留花はむしろ、春泉自身が気に入っていた。留花の仕立てたものしか着ないというほど、その仕立てを気に入っている割に、春泉の留花への態度はいつも冷たく、横柄である。
 留花の仕立てはいつも丁寧で、心がこもっているところが良いと春泉は判っている癖に、わざと仕立て上がってきたチマチョゴリを〝気に入らないわ〟とすげなく突き返し、仕立て直させたりする。
「応対には玉彈が出たの?」
「いいえ、下働きの女中が出たそうで、私の許にそのように伝えて参ったのです」
「そう。良いわ、ここに留花を呼んでちょうだい」
 春泉が事もなげに言うのに、玉彈は色を失った。
「それはなりません。奥さまは使用人や御用聞きは勝手口にすら一歩たりとも入れてはならないときつく仰せです。万が一、お嬢さまのお部屋にまで留花を上げたとお知りになれば、ひどくお腹立ちになるでしょう」
 母は使用人に対しては殊の外、厳しい。屋敷の奥―主人一家の居住区はともかく、勝手口にくらい入ったからといって何の障りもないと思うのだが。

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