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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

「は、はい。私―、いえ、僕は秀龍とは物心ついた時代からの幼なじみで、同じ朴(パク)先生の私塾にも一緒に通っていた仲です。い、いや、仲だ」
 妓生相手にあまり丁重すぎるのもかえって不自然かと思い直し、律儀に語尾を訂正した。
 この気位の高い妓生のただ一人の恋人と評判の皇秀龍、その友人だと名乗ったお陰で、彼はすんなりと登楼でき、更にこうして香月に逢うこともできたのだ。
 全く、秀龍さま、さまである。
 彼の友人皇秀龍は義(ウィ)禁(グム)府(フ)に勤務する武官で、五年前の科挙では二十一歳の若さで首席合格するという栄誉を得、天下の俊英との呼び声も高い。
「お初にお目にかかりましてございます。私、翠月楼の傾城香月と申します。以後は、是非、ご贔屓にお願い申し上げます」
 するりと滑るように、まさにその形容がふさわしいほどの素早く、かつ優雅な身のこなしで香月は部屋に入ってきた。
 高慢なことこの上ないと言われている彼女だが、至って言葉遣いも態度も丁重で、これで両班の女性のなりをすれば、良家の婦人といっても通るほどだ。
 傾城香月というのは、もちろん本名ではない。〝傾城〟というのは、文字どおり、国を傾けるほどの美貌を指し、大体においてあまり良い意味は持たない。国を滅ぼすほどの美貌はただただ禍々しく不吉なだけだ。
 香月も源氏名で、元々は一国を傾けるほどの美貌を持つ美姫という意味で、傾城香月の二ツ名がつくようになったのが、いつしか、それが苗字と名前のように一括りで呼ばれるようになった。
「あ、こ、こちらこそ、よろしく頼む」
 若者は極度の緊張のせいか、少しどもりつつ返し、何げなく面を上げた。
 途端に彼の瞳に映じたのは、まさに神々しいほどの美貌の女だった。白皙の美貌とは、まさにこのようなことを言うのだろうか。いや、傾城の名は何も大袈裟でも何でもなかった。
 透き通るような雪膚に、黒曜石の瞳、すっきりと通った鼻筋から緩やかに弧を描く柳のような眉、ほどよく官能的な薄い唇、すべての造作が完璧で、当代一流の細工師が精根込めて作り上げた美しき生き人形とすらいえた。

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