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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

 二年前、春泉は良人と香月の仲については随分と悩まされた。それが原因で、危うく夫婦別れする寸前までこじれたものの、何とか誤解が解け、二人は夫婦として幸せに日々を送っている。
 香月は秀龍の友人申(シン)明賢(ミヨンヒヨル)の弟であり、秀龍は香月がまだ英真(ヨンジン)と名乗っていた幼い頃からよく見知っていた。英真と明賢の父はさる昔、右議(ウイ)政(ジヨン)を務める朝廷の高官であったが、陰謀によって陥れられ、処刑された。残る家族も陰謀の巻き添えになって、屋敷に押し入った賊に惨殺された―と見せかけ、実は、右議政を陥れた一派に殺害されたのだ。
 右議政の処刑後、数日のうちに、家族から使用人に至るまでが根絶やしにされた。が、その中でただ一人助かったのが、乳母に抱かれて古い物置に潜んでいた英真であった。
 秀龍は英真だけでなく、その他の身寄りのない大勢の孤児たちを集め、彼等が〝家〟と呼ぶ孤児院を作った。英真が〝家〟を出ていったのが十五歳の時。彼は
―兄貴、俺は妓生になる。
 と、秀龍の引き止めるのも振り切って出ていった。
 度の過ぎた女装趣味を満足させるという、ただそれだけの目的で―。
 友人の弟をむざと妓生にしてしまったという秀龍の罪の意識はは大きい。秀龍は三日に上げず翠月楼に通い、香月となった英真の無事を確かめずにはいられない。
 そのことが、堅物で知られた皇秀龍が傾城香月に骨抜きにされた―と世間ではたいそうな醜聞となって広まった。誤解の大元がそこから始まったのだ。
 あれから二年が経ち、春泉と秀龍も晴れて名実ともに夫婦となった。子宝にこそまだ恵まれてはいないが、秀龍は評判の愛妻家としても知られている。
 が、その一方で、秀龍は以前ほどではないにせよ、いまだに十日おきには翠月楼に上がっている。むろん、敵娼は傾城香月だ。
 世間的に見れば、秀龍は美しい妻を愛おしむ傍ら、香月という妓生とも深い仲を続けている。世間の誰もが秀龍を〝世にも果報な色男〟だと信じて疑っていない。
 確かに当事者である秀龍にとっては煩わしい噂には違いないが、さりとて、香月の正体が実は男であるなどと公表するなぞ、間違ってもできない。香月はあくまでも〝女〟で、彼が男だと知るのは翠月楼の女将と秀龍、春泉の他は、ごくわずかな人々に限られているのだから。

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