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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

 春泉は微笑んだ。
「私、秀龍さまの大切な方をずっと見たいと思っていたんです」
 うっと、香月がむせたのに、春泉は眼を見開いた。
 いつのまにか、香月は小卓の上の銚子を取り上げ、盃を満たしていたらしい。そういえば、香月はかなりの酒豪なのだと秀龍から聞いたことを今更ながらに思い出していた。
 秀龍自身は下戸とは言えないまでも、酒量を過ごす質ではない。というより、はっきり言えば、酒はあまり好きではないのだと苦笑いで春泉に良人自身が語ったことがあった。上司に誘われて付き合いで飲みにいったり、宴に呼ばれれば少しは嗜むが、あくまでもそれは失礼にならないようにするためなのだ、と。
 それに比べ、香月は結構イケる口なのだという。秀龍に言わせれば、
―あいつは底なしの笊(ざる)だ。
 そうだ。銚子を十数本空にしても、眼許をほんのりと染める程度のものだとか。ほろ酔い気味の香月を想像しただけで、男たちは涎(よだれ)が滴ることだろう! 同じ(ではなかった!)女の春泉が思い描いてみただけでも、棗形の黒い瞳を潤ませ、眼許を薄紅に染めた香月の姿には凄艶な色香が漂うだろうと思う。
「兄貴の大切な方だって? それって、もしかしなくても、俺のこと?」
 ゲラゲラと笑い転げる香月を、春泉は唖然として見つめた。
 一体、自分の言葉のどこかこれほどまでにおかしかったのか皆目、見当もつかない。
「香月さま、私、何か変なことを申し上げましたか?」
 涙眼になってまで笑い続ける態度に、流石にムッとして問う。
「そりゃあ、笑いたくもなるよ。確かに兄貴と俺は義兄弟の約束を交わしてる間柄だ、互いに相手の身に危機が迫れば、何を放り出しても駆けつけるだろう。でも、何かねえ、君の言う〝大切な方〟ってのとは、ちょっと意味が違うと思うよ」
「そういえば―」
 春泉の記憶に一つの光景が甦る。二年前、皇家の屋敷を飛び出して実家に戻った春泉を迎えにきたときのことだ。
―私、秀龍さまの大切なお方に逢ってみたくなりました。
 その時、春泉はやはり〝大切なお方〟というのは香月を指して言ったのだが、何故か、秀龍はあまり機嫌が良くなかった。

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