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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

「こんなところを見られたら、それこそ冗談じゃなく、兄貴に殺されるよ。何たって、奥さんは兄貴の宝なんだから。ああ、それと、その香月さまっていうのは止めようよ。俺には英真って本当の名前があるんだから、君にはやっぱり、本当の名前で呼んで欲しい」
「―英真さま? で、良いんですか」
「うん」
 にっこり笑う香月の笑顔はもう眩しいほどだ。
「では、私もお願いして良いですか?」
「ああ、君のような可愛い子の頼みなら、何でもきくよ」
 と、あまりの調子と愛想の良さに、春泉も怯んだのだが、実は、香月こと英真が十五歳で妓房に入るまでは、年上泣かせの女タラシであったことを春泉が知るはずもない。
「私も〝奥さん〟なんて呼ばずに、春泉と名前で呼んで欲しいんです」
「了解。春泉、ね」
「はい」
 勢いよく応えた春泉の大きな瞳にはまだうっすらと涙の雫が残っているものの、その微笑みは屈託なく晴れやかだ。
「やっぱり、素直なところが良いな」
 その時。
 春泉は知るはずもなかった。香月が心の中でそっと呟いた言葉。
 まずい、俺、マジで惚れちまいそうだ。
 それから他愛ない話を少しして、春泉は帰っていった。
 春泉にとっても、香月、いや、やはり英真と呼ぶべきか―は、予想していたとおりの人物だった。どちらかといえば、秀龍とは対照的といえるだろう。
 機知に富んだやりとりや、女心を微妙にくすぐる甘い科白やさり気ない気遣いは、強いていえば光王に通ずるものがある。
 光王は、何を隠そう春泉の初恋の男だ。手練れの暗殺者であり、暗殺者集団〝光の王〟の首領でもあった光王。既に想い出の中の人となった彼は、稀代の悪党と呼ばれた春泉の父柳千福を殺し、父を殺すための情報を引き出すために、母に近づき関係を結んで辱めた。
 本当なら憎んでも憎めきれない相手のはずなのに、春泉の光王への恋心は真実を知ってもなお、変わらなかった。
―俺と一緒に来い。
 父を殺す現場を春泉に見られてしまった光王は、春泉を殺す代わりに、共に来いと言った。

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