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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 春泉は仮にも名家の若夫人であり、皇家の嫁である。にも拘わらず、働き者の彼女は女中たちに混じって身軽に働き、毎日、厨房では〝若奥さまの指示〟がなければ、ベテランの女中頭ですら動かない。秀龍の母芙蓉(プヨン)はいかにも両班の生まれ育ちらしく気位も高く、使用人たちにも厳しいが、春泉は元々は常民出身のせいか、そういった身分に拘らない。
 というより、春泉自身が元々、そういった生まれ育ちなどに人間の価値を見出さない性格なのだろう。使用人にも慈愛をもって接する春泉は皇家の使用人たちの間でも人気があり、両親や秀龍の命よりも実は春泉の命に忠実であることの方が多い有り様だ。嫁いできて二年余りで、春泉は大勢の使用人たちの心をあっさりと掴んでしまった。
 そんな春泉だから、秀龍が勤めに出かけてしまえば、熱があっても起きて厨房に向かうのは眼に見えている。
 ここのところ、母芙蓉は何かにつけて春泉に対して辛く当たった。元々、母は常民出身の嫁を迎えることには反対であった。母は春泉の父柳(ユ)千福(チヨンボク)が生きていた頃は、千福から内々に賄(まいない)を受け取り、さんざん甘い汁を吸っていた。千福の娘との縁談は実のところ、その頃から持ち上がっており、当時は母も身分だ何だなど一切煩いことは言わず、むしろ縁談に乗り気であった。
 その癖に、千福が何ものかに殺害され柳家が威勢を失った途端、手のひらを返したようにこの縁談に異を唱え始めた。千福の死により、縁談はひとたびは破談となり、その二年後、残された春泉とその母―千福未亡人の暮らしぶりに同情した父が一回は沙汰止みになった縁談を今度こそ纏める気になった。
 秀龍自身は、両班の結婚などはどうせ親の決めるものだと端から諦めていたゆえ、相手が熊や猿でなければ誰でも良いとすら思っていた。が、祝言の席で見た可憐な花嫁に彼はひとめで恋に落ちた。
 今から思えば、父がその気にならなければ、自分は春泉という得難い女とめぐり逢うこともなかった―と思えば、宿命の不思議に想いを馳せずにはいられない。春泉のいない生活など最早、彼には想像もできず、彼女以外の女を妻に迎えていた人生など、考えるだけでもゾッとする。

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