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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 と、義禁府長はいたく立腹であった。
―それなら、皇都事が代わりに罰を受けてくれるというのだな。
 山のような報告文書を出してきて、これを明朝までにすべて書き写すようにと言われてしまった。
 泣き出さんばかりで、平謝りに謝る後輩の肩を叩き、気にしなくて良いから帰りなさいと言ってやった。もちろん、彼も手伝うと申し出たのだが、まだ新妻を迎えて漸くみ月の彼を夜も王宮にひきとめるような無粋はしたくなかった。
 かくして、秀龍は一人で朝まで文書の書き写しに専念するはずだったのだが、思わぬ事態に遭遇することになり、ここで足留めを喰らっている。
「とにかく、私はこれから尚薬どのを呼んでくるとしよう。動けるようであれば、そなたが尚薬どののところにゆくのがいちばん良いと思うのだが」
 秀龍は美京の布団まで敷いてやると、彼女が横になったのを確認してから立ち上がった。
 そのときだった。
「待って」
 パジの裾をひしと握りしめられ、秀龍は危うくつんのめって転びそうになった。
 しかし、病人相手に怒るわけにもゆかず、当惑顔で振り返る。
「皇都事さま、どうか、尚薬どののところにはお行きにならないで下さいませ」
 秀龍の面に浮かんだ戸惑いの表情が濃くなる。
「それは、どうして?」
 美京の可愛らしい顔がさっと翳り、丸い瞳に涙が滲む。美京は美人でもなく、むしろ年齢より子どもっぽく見える。どちらかといえば大人びた美しさを持つ春泉とは似ても似つかないが、黒眼がちの眼だけは、どことなく春泉を思い出させた。
 今頃、春泉が病の床でこんな風に涙ぐんでいたらと考えただけで、居たたまれず放ってはおけない。
「皇都事さま。実は、私は水菓房に出向いた帰りにあの場所で腹痛を起こしたと申し上げましたが、あれは偽りだったのです」
 秀龍の眉がかすかに寄った。
「何故、そのような嘘を?」
「いいえ、すべてが嘘というわけではありません」

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