テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

 留花はそこにひっそりと佇んでいた。
 彼女もまた春泉がわざわざ姿を見せるとは考えていなかったらしく、春泉の姿を認めると、少し愕いたように眼を見開いた。
 いつものように清潔ではあるが、明らかに洗濯し古したチマチョゴリを着て、控えめに、まるで自分がこの場所にいるのが罪悪だとでも言いたそうなほど申し訳なさそうな様子で立っている。
 春泉はじいっと留花を見つめた。
―何て癪に障る娘(こ)。
 昔から嫌いだった。見ていると、無性に苛々としてくる。自分と違って、雪のように白い膚、黒曜石のような瞳を持ち、気立ての良い、誰からも好かれる少女。何もかもが春泉とは正反対で、あまりにも違いすぎた。
 その時、春泉は留花から少し離れた傍らに、もう一人の誰かがいることに初めて気づいた。厨房のほの暗さに少し眼が慣れてきたということらしい。よくよく見ると、頻繁に見かける顔、つまり柳家の女中の一人である。玉彈ほどではないが、この女中も柳家では比較的年嵩(としかさ)の内に入る。
 確か三十半ばほどではなかったか。春泉の身の回りの世話をするのは専ら玉彈だけで、他の女中たちと身近に接する機会は殆どない。というのも、春泉当人が玉彈以外の女中だと、何をするのも気に入らないからであった。また、女中たちの方も我が儘で気紛れなお嬢さまのご用を進んでしたがる者はいなかった。
 春泉はその年増の女中をチラリと一瞥しただけで、あっさりと無視した。
 あの女中が留花にいつも辛く当たる自分を鼻持ちならない娘だと思っているのは知っている。あの女の眼を見れば、判る。態度だけは慇懃でも、内心は軽蔑している―そんな眼だ。
「この仕立ては一体、何なの?」
 春泉は何の前置きもせず、いきなり持ってきたチマチョゴリを留花の脚許に放った。
 留花はビクリと怯えたように春泉を見上げ、また気弱そうに眼を伏せた。そう、この娘は、私の前でいつもこうやって伏し目がちにしている。
 やがて、留花はしゃがみ込むと、眼の前に落ちたチマチョゴリをそっと拾い上げ、さも大切そうに丁寧に畳んだ。
「今回は、どこがお気に召しませんでしたか?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ