テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 この犬は既に仔が死んでいることに気づいていないのだろうか? それとも、気づいていても、我が子の死を認めたくなくて、こうして舐め続けている?
「見てられないな」
 英真が眉を寄せ、溜息を吐いた。
 春泉はしゃがみ込んで、犬と同じ眼線の高さになった。
「ねえ、家に来ない? 家にはこの子と同じくらいの生まれたばかりの赤ちゃんがいるのよ」
 それでも、母犬は春泉の方を見ようともせず、子犬から離れようとしない。春泉は綺麗なチマチョゴリが汚れるのも頓着せず、痩せさらばえた犬を腕に抱き、膝に乗せた。
「ねえ、この仔はもう死んでるのよ。残念だけど、それは認めなくてはいけないわ。お母さんがいつまでも認めてあげなくちゃ、あなたの可愛い赤ちゃんは天国へ行けないと思うんだけど」
 まるで人間に言い聞かせるように優しく諭してやると、やがて、犬はクーンと鼻を鳴らし、春泉の膝に鼻面を押しつけた。
 それから春泉は英真に手伝って貰い、死んでいる子犬を露店が途切れた辺りの小さな空き地に埋めてやった。
 その辺りに咲いていた野辺の花を摘んで、まだ真新しい掘り返したばかりの土の上に置いた。
 二人はしばらく無言で歩いた。
「春泉、その犬を屋敷に連れて帰るつもりなのか?」
 先に沈黙を破ったのは英真の方だった。
 春泉は当然だと言わんばかりに頷く。
「あのまま、この子を放っておくことなんて、絶対にできないもの」
「だが、兄貴のお袋は昔から大の動物嫌い、特に犬猫の類は苦手だったと思うぞ? 第一、兄貴だって、勝手にそんな薄汚い犬を連れてったら、どう言うか判らないだろ」
「良いの。それに、英真さま、この子は薄汚いのではなくて、単に汚れてるだけですからね。ちゃんと洗ってやれば、綺麗になります」
 きっぱりと断じると、英真は呆れたように肩を竦めた。
「まあ、それはそうだろうけどな」
 英真の言葉に、一瞬、姑の顔が瞼をよぎった。芙蓉は春泉が小虎を連れてきたことだけでも気に入らないし、更に小虎と素花の間に生まれた仔猫を一匹手許に置いておくことにも内心は我慢ならないのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ