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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 ここに至り、その上、汚れた犬など連れ帰ったら、一体、どれほど怒り狂うか、考えてみただけで怖ろしい。
 が、英真にも言ったように、あのままこの犬をあの場に残して去ることなど、できるはずもなかった。
 秀龍にしたって、春泉が黙って屋敷を抜け出した挙げ句に野良犬を連れ帰ったとなれば、今度ばかりは味方をしてくれるかどうか、判ったものではない。
 想いに沈む春泉を見ながら、英真は英真で春泉の優しさに打たれていた。
 絹の服が汚れるのも気にせず、薄汚れた犬を抱いて、幼子に言い聞かせるように優しく話しかけていた春泉の姿を見た刹那、英真は心を衝かれた。
 世の中に目前(めさき)の利を追うしか頭にない連中が多いのに、この心優しい娘はどこまでお人好しなのだろう。呆れると共に、余計に春泉に惹かれてゆくのを止められなかった。
 皇氏の屋敷の門が見える場所まで英真は春泉を送ってくれた。
「今日は、色々とありがとうございました」
 春泉が丁寧に頭を下げると、英真は微笑んだ。
「こっちこそ、久しぶりに愉しい時間を過ごせたよ」
 わずかな逡巡の後、英真が思い切ったように言った。
「あのこと、―春泉の言ったのが当たってるよ」
 戸惑い顔の春泉に、英真が続ける。
「ほら、俺が妓生になった理由。その通りだ。俺は忘れたい過去に訣別して、新しい自分に生まれ変わりたかった。幾ら女装癖があるからって、ただそれだけじゃ、本当に女になっちまおうなんて考えない。春泉の読みは正しい。でも、春泉、俺は間違ってた。どれだけあがいても、既に終わってしまった過去は消せやしないし、なかったことにもできないんだ。香月として生きるようになって、俺はそれを嫌というほど学んだよ。過去は忘れてしまうものではなく、受け容れ認めて、乗り越えるものなんだって」
「英真さまは、やっぱり凄いですね。誰にもなかなか悟れないことを悟られたのですもの」
 春泉がこれは世辞でも何でもなく、心から言うと、英真は照れたように紅くなった。
 いつもは客の男を手玉に取ってばかりの香月が少年のように照れて頬を赤くしている―、それこそ秀龍がこんなところを見たら、腰を抜かすほど仰天するに違いない。

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