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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 あからかさまにバレるような嘘はつかず、客に疑念を抱かせないように巧みに本物らしい偽物を本物と偽って売りつけるのだ。
 春泉はやや顔を傾け、中年の主人の顔をまじまじと見つめた。 
「おじさん(アデユツシ)。このノリゲはそんなにもするものなの?」
 相手の思惑に乗ったふりをして、春泉は何もかにも知らない無恥な娘のように訊ねる。
 やっと先をゆく春泉に追いついた乳母がすぐ後ろで袖を引いた。
「お嬢さま(アガツシ)、大事にならない中に、さっさと帰りましょう。このような者に拘わってはなりません」
 しかし、春泉は必死で囁く乳母には眼もくれず、店の主人に話し続けた。
「確か、以前にどこかでこのノリゲと同じものを見かけたと思うのだけれど、そのときは、おじさんの言うほど高くはなかったわ」
 その言葉に、男の毛虫を思わせる太い眉がつり上がった。
「何だい、お嬢ちゃん。お前さんは、うちの店が安物にとんでもない高値をつけているとでも言うのかい?」
「あら、私は何もそんなことを言ってるんじゃなくて―」
 男がグイと身を乗り出してきた。反射的に春泉はわずかに後じさる。最初はただの小悪党かと思っていたが、どうも性根の腐った質の悪い輩のようだ。
 凄んでくるのにも、居直ったようなふてぶてしさがある。
「だから、先刻も言っただろ。このノリゲを作った職人は名は知られちゃいねえが、名人と呼ばれても遜色のない腕を持ってるんだぜ」
「お嬢さま、こんな胡散臭い男にこれ以上、拘わってはいけません。旦那さまに知られたら、後でお叱りを受けますよ」
 乳母が耳許でまたしても囁くのに、男が耳聡く反応した。
「おい、今、何と言ったんだ、この婆ァ。人が黙って聞いてりゃア、言いたい放題を抜かしやがってよう」
 いきなりの大声で怒鳴りつけられ、春泉の背後の玉彈(オクタン)が〝ひい〟と縮み上がった。
 乳母は春泉が生まれたときからずっと傍にいて、育ててくれた人である。乳を与えてくれたのは既に暇を取った若い女中であったが、その者が屋敷を去った四つのときから、ずっと玉彈が母代わりであった。

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