テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

「一体、何という礼儀知らずの女でしょうね。私ら庶民からは国王(サンガン)さま(マーマ)にお仕えする女官ってのは、綺麗で淑やかだっていう印象がありますけど、最近は、ああいう女が後宮女官なんですねえ」
 オクタンはまだ怒り心頭に発しているようだ。当の春泉よりもオクタンの方が腹が立って悔しくてならないらしい。
 オクタンは春泉が生まれた瞬間から、その自他共に認める母代わりである。お仕えする春泉を侮辱する輩には、相手が後宮の女官であろうが、許せないのだ。
 だが、肝心の春泉は黙り込んだまま、思案に沈んでいた。
「若奥さま、大丈夫ですよ。あんな女の言うことをお信じなさってはいけません。若旦那さまがあんな節操もない礼儀知らずの女とお拘わりになっているはずがございません」
 オクタンが取りなすように言うと、春泉が消え入るような声音で言った。
「ごめんなさい、オクタン。今は一人になりたいの。一人になって、何がどうなっているのか考えてみたいわ」
「若奥さま、何も考えなさる必要はございませんよ。若旦那さまは誰よりも若奥さまのことを大切に思し召しておいでです」
 だが、春泉はオクタンに力ない微笑みを浮かべ、疲れたような脚取りで庭を元来た方へと一人で帰っていった。

 一方、自分のおらぬ最中に、屋敷で何が起こっているか全く与り知らぬ秀龍の方はといえば、その日は少し早めに義禁府長から帰宅の許可が出て、気の変わらない中にと、そそくさと出宮した。
 何のことはない、義禁府長のいちばん上の娘の結婚が本決まりになったらしい。この気難しい上司には息子はおらず、三人の娘がいるが、この長女をとりわけ可愛がっているという専らの噂である。
 しかも相手は左議政の嫡男とかで、義禁府長は余計に有頂天になっているようだ。それで、いつになく長官の機嫌が良かったわけかと、秀龍は納得したものだ。
 ちなみに、義禁府長の名称は〝判(パ)義(ニ)禁(グ)府(ム)府(プ)事(サ)〟と呼ばれ、国の兵権を掌る要職兵曹(ヒヨンジヨ)判(パン)書(ソ)をも兼任している高官である。本当なら、従五位都事ごときの秀龍がまともに刃向かえるはずはない。秀龍が言いたいことを言っても、すぐさま辞職させられないところを見る限り、狭量そうに見えて、その実、我慢強いところがあるのかもしれない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ