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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

 いつもは仕事で殆ど義禁府の詰め所に詰めているか、もしくは罪人の罪状調査のために町に出ているかのどちらかだ。なかなか、孤児たちの暮らす〝家〟まで出向く暇はない。
 それでも、多忙な勤務の合間を縫って、できるだけ顔を覗かせて子どもたちの様子を見るようには心がけている。
 彼が多忙で行けないときには、香月が(もちろん男装で)覗いて、子どもたちの相談に何くれとなく乗ってやることもあった。
 その日、秀龍は半月ぶりに〝家〟に寄った。〝家〟とは、彼が都で見かけた孤児たちを集めて面倒を見ている言わば孤児院のようなものだ。現在、〝家〟は二カ所にあって、それぞれ大体十人程度の子どもたちが起居している。
 〝家〟は、ごく普通の民家をちょっと広くした程度の規模で、部屋が三つと煮炊きのできる厨房が付いている。これを十人の子どもたちで使うとなると、育ち盛りの子どもたちにとっては手狭な感はある。
 いずれはもっと立派な、せめて家らしい家を建てて広々とした場所で暮らさせてやりたいとは思うものの、今の秀龍にはこれが精一杯であった。
 秀龍が姿を見せると、一斉に子どもたちが歓声を上げて駆け寄ってくる。
 その中で、ただ一人、片隅でしょんぼりとうなだれている子どもがいる。
「おい、ハンス、どうした?」
 ハンスは昨年の春、ここに来た男の子だ。歳は八歳。〝家〟の子どもたちは年上の子たちが大きくなって着られなくなった衣服をお下がりで貰うので、少し大きめの服をハンスも着せられている。
 両親と妹が流行風邪で相次いで亡くなり、二、三ヵ月ほどは叔父夫婦の家に厄介になっていたのだが、その家も子沢山で厄介者扱いされていたらしい。食べる物もろくに食べさせて貰えず、こき使われていた様子で、ここに連れてこられたときは別人のように痩せ薄汚れていて、大きな眼だけが異様に目立った。
 大きい子どもたちの中には、市場で使い走りや店番などの仕事をして日銭を稼いでいる者もいる。そんな子どもの一人が鶏肉(かしわ)屋で肉を盗もうとしたハンスを見つけ、見かねて〝家〟に連れてきたのだ。
 連れてこられたばかりの頃は、伯父の家で虐待を受けていたハンスは他人が信じられず、逃げ出そうとしては、年長の子どもに捕まっていた。

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