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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

 春泉の当然の指摘に、秀龍は息を呑んだ。
「それは」
 それでも、春泉はまだ一縷の望みを抱いていた。ここで秀龍が真実を、その女官の部屋にいた理由を話してくれると信じていたのだ。
 しかし、秀龍は何も言わなかった。
 ただ哀しげな眼で春泉を見ているだけだ。
「どうして、何もおっしゃらないのですか?ちゃんと説明して下さい」
 一方、春泉の言葉に反応して、秀龍は咄嗟に真実を話そうとしたものの、寸前で言葉を途切れさせた。
 もし、仮に自分がここで真実を話せば、あの女官はどうなる―?
 皇氏の屋敷にまで乗り込んできて、妻にあらぬことを口走ったことは許せないが、さりとて、先輩女官たちの言いつけで水菓房の餅を盗んだと知れれば、あの女官は捕らえられ罰せられる。
 もちろん、春泉がそのことを他言するはずはないし、自分たちさえ口をつぐんでいれば、美京の罪が外に洩れることはないが―。それにしても、できる限り、水菓房の餅を盗んだなどとは迂闊に口外しない方が良いのは明らかだ。
「その理由は言えない」
 簡潔すぎるほど無情な応えに、春泉は腹に力を込めて、秀龍を力強く見上げる。
「よく判りました。その理由とやらを私に言えないということ自体がひと月前の夜の真実を何より物語っているというわけですね」
 春泉の中で様々な感情が渦を巻いていた。
 秀龍への失望、絶望、哀しみ。あらとあらゆる感情(おもい)がせめぎ合う。
 春泉の糾弾に秀龍の肩が大きく揺れる。
 気づかずに、春泉は勢いよく続けた。
「私は今まで旦那さまの何を見ていたのでしょう。もう、何もかもが信じられない」
 秀龍が両脇に垂らした拳を握りしめた。
「どうして私を信じようとしてくれない? 何故、私を信じられぬのだ。私が抱きたいと思う女は、生涯の想い人と定めたそなたしかおらぬ。自分でも情けないと思うくらい、そなたしか眼に入ってはおらぬ。そんな私が他の女を抱くと思うか!?」
 振り絞るような悲痛な叫びが響き渡った。
「―そなたがどうしても私を信じられぬというのなら、真実を話そう。このことは、ひと一人の生命にも拘わってくることになる。それほどに重大な話だ」

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