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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

 春泉がじっと見つめてきた。眼の前にいる男のあらゆる秘密を暴くつもりなのか、信じられないほど真っすぐなまなざしだった。
 秀龍もまた、最愛の妻の視線を真摯に受け止める。
 やはり、嘘や適当なごまかしは言えない。もしかしたら、自分は愚かしいほど不器用なのだろう。適当に上手く言い逃れることも、時には夫婦間の諍いを避ける一つのすべであることを学ばなければならないのかもしれない。
 だが、勝ち気で正義感の強い―あの悪名高き柳千福の娘とは思えないほどに―春泉に、いや、愛する女だからこそ、秀龍は余計にその場逃れの偽りは口にしたくなかった。
「ああ、そうだ」
 さらりと零れ落ちたそのひと言を耳にした一瞬、春泉は氷水に投げ込まれたような気がした。その尋常でない感覚は、随分と長い間のようにも思えたけれど、現実にはたいした刻ではなかっただろう。
 永遠にも思える沈黙が続き、秀龍の次の科白が唐突にそれを破る。
「確かに私は、一ヵ月前の夜、あの女官の部屋に明け方までいた」
 最初の中は、たった一つの言葉が理解できなかった。秀龍の発した言葉が意味をなさなかった。
 言葉そのものは耳に入ってくるのに。もしかしたら、春泉自身が理解しようとしていない、したくないのかもしれない。
 それでも、もう一度、訊ねずにはいられない。苦渋に満ちた秀龍の表情を見れば、嘘であるはずがないのに、儚い希望(のぞみ)に縋らずにはいられなかった。
「本当に?」
 今度の沈黙は短かった。
 秀龍は何かに耐えるような表情で眼を瞑り、短く応える。
「本当だ」
 その後、彼はすかさず続けた。
「だが、一夜を共に過ごしたと申しても、私たちの間に何かがあったわけではない。それだけは胸を張ってこの場で誓える」
「男と女が一室で一晩過ごして、何もないなどと言って、どこの誰が信じるでしょう? それではお訊ね致しますが、何故、義禁府に勤務する旦那さまが宿直の夜に後宮の女官の許にいらっしゃるのですか? 何か特別な任務があって、その女官の部屋に行ったとでも?」

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