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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

「心当たりがあるんだな」
 香月に言われ、春泉は真っ赤になって頷いた。
「あの兄貴がついに親父か。ってことは、俺はさしずめ、叔父貴になるんだな」
 香月が晴れやかに笑った。その気高く美しい横顔には、もう先刻の鬼気迫ったような形相は跡形もない。
「春泉、俺は一生、その腹の中の赤ン坊に頭が上がらないかもしれない。もし、そいつが〝俺はここにいるぜ〟って主張しなかったら、俺は兄貴の大切なものを無理矢理奪って、兄貴と春泉―俺にとっては大切な二人を傷つけ、哀しませることになったかもしれない」
「英真さま」
 春泉が当惑したように見つめるのに、香月は破顔した。
「大丈夫、もう何もしないよ。春泉の怖がるようなことは何もしないから、安心して」
 そこで、香月がニヤリと不敵に唇を笑みの形に象る。
「でも、これからも兄貴が春泉を泣かせるようなことがあれば、ただじゃ済まない。あいつをぶっ殺してやる」
 と、実に物騒かつ不穏なことを言うので、春泉は安心できるどころではない。
「とにかく、一旦は翠月楼に行こう。ほとぼりが冷めるまではうちにいたら良いと言ってやりたいけど、妓房は良家の奥方がいるべき場所ではないからね。今日一日いて、夜になったら、人眼に立たないように実家へでも行ったらどうかな」
 香月の言うとおりだった。
 幾ら何でも皇氏の嫁が妓房にいたなどと噂が広まったら、春泉一人の問題ではない。秀龍や更には舅にまで恥をかかせることになる。
 また、香月としても女将の手前もあるだろうから、いつまでも春泉が翠月楼に居座っていたら、立場的に辛いものがあるだろう。
 これから秀龍との関係がどうなるにしても、ここはひとたびは実家に戻るべきだ。
 こんなに秀龍のことが好きなのに、やはり、秀龍とは別れなければならないのだろうか?
 昨日、突如として屋敷を訪ねてきた女官だという女の存在もある。
 自分たちは、もうこのまま別れるしか道はないのか。
 そう思うと、涙が溢れてきて、止まらない。

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