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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

「あー、また泣いた。春泉、勘弁してくれよ。どうして俺と一緒にいるときは、必ず泣くんだよ。までるで俺が泣かせてるみたいで、止めて欲しいんだけどな、それ」
 香月のわざとらしい明るい声が響き、春泉は香月の腕の中で泣きじゃくった。
 色香溢れる妓生と同じく両班の若夫人が抱き合っているのは、第三者が見れば、まず間違いなく誤解する場面だろう。かつての秀龍よろしく同性愛者だと思われるのがオチだ。
 だが、春泉の頭を撫でる香月の手は、妹を慈しむ兄の手のように穏やかな労りがこもっている。
 香月の腕の中で泣く春泉の頭上で、薄紅色の花をたわわにつけた枝がやわらかな春の陽ざしに照らされ、何の鳥か綺麗な蒼色の小鳥が枝先に止まっていた。

 皇氏の屋敷に翠月楼の遣いが寄越されたのは、その夕刻である。むろん、香月もあからさまにそれと判るような真似はしない。
 香月からの文を持ってきた十歳ほどの少女は、大切な方からの手紙だとしか言わなかったが、秀龍にはすぐに判った。翠月楼に上がった時、香月の部屋への案内役は、大概、この少女が務めるからだ。
 まだほんの幼い子どもではあるが、機転も利くし、何よりよく躾けられているらしい。年端がゆかずとも、これくらい利発で口も固くなければ、大勢の女たちが妍を競う妓生の世界では生きてゆけないのだろう。
 そう思うと、秀龍は幼い少女が憐れにも思えた。
 少女にわずかな駄賃を与え返した後、秀龍は外出着に着替えて外に出た。
 今日はいつものように王宮に出仕はしたものの、義禁府長に特別に許可を得て早退してきたのだ。
―全く、今時の若い者は、何かとあれば私用で休みたがる。儂の若い頃は、自分の休みを返上してでも、公務に精を出したものよ。
 などと、いつものように厭味を言われまくったが、秀龍は今日だけは知らん顔で
―お先に失礼致します。
 と、わざと馬鹿丁寧に挨拶して帰ってきた。
 春泉のゆく方がいまだ判らないという火急のときに、義禁府長の皮肉にいちいち付き合ってはいられない。
 翠月楼に到着すると、いつものように先刻の下働きの少女に出迎えられ、二階へと案内された。

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