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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第15章 八年後

 春泉もまた、男のなりをしてまで妓房に上がったのだとは秀龍に言えず、手をこまねいている中に、香月と春泉は何度かの出逢いを通じて親しくなっていった。
 そのことを秀龍が知るところとなり、彼はかなりやきもきした。もっとも、あの一件は、秀龍にも非ががなかったとはいえない。
 あの頃、秀龍の〝恋人〟だと公言してはばからない後宮の女官が何と皇家の屋敷に乗り込んできて、春泉は香月の存在を知ったときと同様、大いに衝撃を受けた。
 実際には、秀龍はその女官が腹痛を起こしていたのを王城内で見つけ、介抱してやっただけの話であり、秀龍に横恋慕していた女官の一人相撲というわけだった。結局、女官の言葉は真っ赤な嘘だと判り、香月の仲立ちで春泉と秀龍は解り合うことができた。
 あれから八年が経つというのだから、月日の経つのは、つくづく早いものだと思わずにはいられない。
 今、香月は二年前に隠退した女将から見世を任され、新しい翠月楼の女将として意欲的に店を切り盛りしている。
 今でもちょくちょく香月の敵娼(あいかた)として妓房を訪れる秀龍によれば、香月はつい最近、美少女を二人、新たに見習いとして入れたらしい。ところが、この十歳と九歳になる美しい姉妹は少年であった。
 香月はかつて国政を担う右議(ウイ)政(ジヨン)を父に持つ、れきとした両班の子息であった。それが、怖ろしい謀によって父は謀反の罪で陥れられ、父の処刑後、賊を装った一味に残された家族は惨殺された。ただ一人、生き残った香月はすべてを失い、たった一人で苛酷な運命を生きねばならなかった。
 そんなときに香月の面倒を何くれとなく見たのが秀龍であり、香月は孤児となった幼い子どもの悲哀を誰よりも理解している。香月の生活を援助していた秀龍はやがて都中のみなし児を集め、〝家〟と呼ばれる孤児院を作った。
 かつて〝家〟で暮らしていた仲間も長じて一人前となり、それぞれが世に出て仕事を持ち、自分の暮らしを営んでいる。〝家〟で同じ釜の飯を食べた仲間は今も香月の同胞(はらから)であり、彼等にとって秀龍は父または兄であった。〝家〟は、親や家庭を失った幼い子どもたちには、文字どおり心のよすがであり続けたのだ。

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