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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第15章 八年後

 丁度、雌猫の素(ソ)花(ファ)は三ヵ月前に出産したばかりで、生まれた数匹の仔猫のうち、一匹だけが皇氏の屋敷に残された。小虎は当時、生後まもない仔猫を抱えて途方に暮れていた(?)。
 そんなところに、春泉が町中で拾った野良犬を連れ帰ったのだ。その母犬は生後間もない我が子を失ったばかりで、小虎の仔猫を失ったばかりの子犬の代わりのように我が子として育て始め、小虎とその犬〝長春(チヤンチユン)〟も自ずと仲好くなった。
 一昨年、長春が眠るように息を引き取り、小虎の一粒種黒(フク)虎(チヨ)は既にとっくに独立している―要するに、屋敷を出ていったということだ。
 小虎の名は春泉自らがつけた。灰色の毛並みに背筋の方だけ白い縞模様が入っている特徴がこの名の由来である。若い頃は艶やかでたっぷりとした毛並みも今はパサついてしまって、やはり利口者のこの猫も寄る年波には逆らえないようだ。
 もちろん今も、春泉は小虎にはきちんと三度の食事を与え、毛もきちんと整えてやっているのだが。
 彼は歳のせいか、この頃は丸くなって眠ってばかりいる。十年前は春泉が気を揉むくらい、しょっ中、散歩に出ては一日中帰ってこないのが日常だった。
 今日のように、日中、屋敷にいない方が実は珍しい。ほんの一、二年前までは、秀龍と春泉の一人娘恵里の遊び相手になっていたのに、長年の伴侶ともいえるべき長春に先立たれてからは、一挙に年老いて気力を失ったかに見える。
 猫と犬であった二匹が真の夫婦になることはあり得なかったけれど、皇氏の庭では、いつも小虎と長春が仲睦まじげに寄り添って陽なたぼっこする微笑ましい光景が見られたものだ。
 小虎にとって、恐らく長春は妻同然の存在であったろう。
「小虎、少しは元気を出せよ」
 秀龍の言葉に、小虎はまたもやひと声啼くことで応え、いつものように房の片隅に丸くなって眼を閉じた。
「小虎の奴、相変わらず食欲がないのか?」
 秀龍が気遣わしげに眠り始めた猫を見つめる。
 春泉が皇氏の嫁となってまもない時分は、春泉を巡って対立関係にあった秀龍と小虎だが、今は長年の共同生活で友好を築いている。

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