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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第15章 八年後

「いつかあなたに色々なことを言う人がいるでしょうし、あなたも香月がどういう人かを知るときが来るでしょう。でも、これだけは忘れないで。あなたのお父さまはけして他の人たちが言っているような、世の道理に外れていることはしていらっしゃらないと、それだけはお父さまのことを理解しておいて欲しいの」
 難しいというよりは、恐らく不可能なことだう。秀龍だけでなく、春泉、香月が生きている限り、香月が申英真であるという事実はけして明かせないものだ。であれば、秀龍にとって香月は生涯、愛人、または恋人という立場を貫き通さなければならない。
 たとえ、実の娘である恵里であっても、英真が男だと告げるわけにはゆかないのだ。秘密が明るみになった瞬間から、香月は彼の父右議(ウイ)政(ジヨン)を陥れた一派に再び生命を狙われかねないのだから。
 恵里がもっと大きくなって、多感な年頃になったその時、〝香月〟という名の女人がそも誰であるか、父にとってどんな存在なのかを知った時、どれだけ衝撃を受けることだろう。普段、秀龍が春泉を愛おしみ、家庭を大切にしているだけに、衝撃は余計に大きいかもしれない。
 家庭的で優しい父、良き良人である秀龍もまた世の男同様、妻一人だけでは飽きたらず、妓生と噂になるほどの浮き名を流す―そういった隠された一面があるのだと嫌悪することだろう。
 春泉自身、稀代の好色漢といわれた父親を持っていただけに、そのときの恵里の気持ちを思うと、居たたまれない。
「はい、判りました」
 それでも、恵里は、こくりと頷いた。
 意味は判らないなりに、春泉の切なる願いを感じ取ったのだろう。
「よし、恵里は良い子だ」
 秀龍に褒められて、恵里は嬉しげだ。その無邪気な笑顔を眺めながら、春泉はこの笑顔が曇らないことを心から祈った。
 恵里は秀龍が大好きなのだ。もしかしたら、母の春泉よりも秀龍を慕っていると言っても良いかもしれない。
 春泉はいずれ他家に嫁すことになる娘を厳しく育てているが、秀龍は一人娘には滅法甘い。春泉から見れば、いささか甘すぎると思えないこともないほどだ。

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