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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第16章 眠れる美女

 鈴寧が少し変わっている―はっきり言えば、狂っているというひそやかな噂は真実なのかもしれない。あまりそういった悪意ある間の噂には流されない春泉ですら、思わず信じてしまったほどだ。
 鈴寧が関心を示したのは何も秀龍だけではなかった。若くて少し眉目の良い男なら、露骨な色目を使うので、その場に居合わせた出席者は皆、何とも居心地の悪い想いをしたのだ。大抵の者が鈴寧の破廉恥な行いを苦々しく思っていたものの、あからさまに注意を促すようなことはせず、見て見ぬふりをしていた。
 てんかんの発作というものは、繰り返す度に知的な障害が進むともいわれているが、どうやら、鈴寧の場合は知的な問題よりも、精神面に問題が出たようであった。
 金氏の若夫人の男に対するだらしなさ、奔放ぶりは、実は漢陽に棲まう両班なら誰でもが知っていることであった。吏曹判書一家でこの嫁を煙たがっていることはまず間違いないだろうが、隠退したとはいえ、いまだに勢力を持つ元左議政(義禁府長官)の愛娘といえば、おいそれと離縁するわけにはゆかないのだ。
 春泉でなくとも、鈴寧のような女が同性から好意を持たれるはずはない。噂だけで人を判断してはならない。常に自分に言い聞かせている春泉も、鈴寧についてばかりは、どうやら噂は間違いないらしいと思うしかなかった。
 そんな経緯があり、どうにも気が進まないのに、秀龍に拝み倒されてしまったのだ。
 だが。事態は意外な結果になった。約束した手前、いつまでも引き延ばすわけにもゆかず、やっと重い腰を上げて見舞に訪れてみれば、吏曹判書の夫人が客間に現れ、形式どおり茶菓でもてなされた後、ただひと言、
―折角、お越し頂きましたのに、申し訳ございません。当方も名医と呼ばれる名医を呼び、手を尽くしておりますが、鈴寧はまだ到底、お客さまにお逢いできる状態ではございません。ご実家からも毎日のように、逢わせて欲しいと遣いの者がやって来るのですが、あのような状態の者を逢わせることはできません。
 と、こうだ。
 春泉は、その瞬間、妙な違和感を感じた。
 てんかんの発作後、知能や精神に異常を来すことは考えられなくもないが、それにしては、夫人の態度が妙にさばさばとして、別段、哀しみに打ちひしがれているようにも見えなかったからだ。

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