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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第3章 父の過ち

 父の過ち 

 春泉に浮気(未遂)の現場を見つかってしまったせいかどうか、その日から父はしばらく屋敷にいた。父が数日続けて屋敷に滞在するのは極めて珍しい。母の機嫌も必然的に良くなり、春泉はどこかでホッとしていた。
 三日降り続けた雪は四日めの朝になって、漸く止んだ。その日の昼下がりのことである。
 春泉は小虎を探して、庭を歩き回っていた。
 あれから小虎はずっと春泉の部屋にいた。玉彈が春泉の食事を運んでくるついでに、厨房から〝猫のための特別食〟を持ってくるので、春泉は小虎と一緒に食事を取っていた。
 たとえ相手が猫にしろ、誰かと一緒に食事をするのは春泉にとっては初めての経験だった。本当であれば、両親と母家で食事をするのだろうが、この柳家には、そういったごく当たり前の家族の団欒というものは、けして見られないし、また求めてはならないのだ。
 手に入らないものなら、最初から求めない方が気も楽だし、哀しみもそれだけ少なくて済むことを、春泉はごく幼い頃から知っている。
 都でも随一の資産家の柳家では、猫の食事も豪勢で、毎回、鶏骨でたっぷりと出汁を取ったクッパ(汁飯)が小虎のための食事として作られた。
 雪に降り込められていた間は部屋に閉じこもって大人しくしていた小虎だが、止んだ途端、どこかに散歩に出てしまい、そのまま帰ってこない。すっかり小虎が〝家族〟となってしまった春泉は、自分でもおかしいほど狼狽え、探し回った。
「私どもが手分けして探しますから、お嬢さまは温かいお部屋でお待ち下さい。このような寒い日に外に出て、お風邪でも引かれては大変です」
 と、諫める玉彈の言葉にも耳を貸さない。
「そんな呑気なことを言っている間に、小虎が凍った池にでも落ちてしまったら、どうするの? 取り返しのつかないことになるわ」
 大真面目に返す春泉に、玉彈は笑った。
「あれほどお嬢さまに懐いていた猫ですもの、きっとまた戻って参りますよ。三日もの間、ずっと部屋に閉じこもっていたので、退屈したのでしょう。少し運動をしたら、帰ってくると思いますけどねえ」
 それでも得心できず、春泉は広い庭のあちこちを仔猫を求めて彷徨った。

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