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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

「令(ヨン)監(ガン)、恵里にとって、いいえ、恵里だけでなく私にとっても、小虎は家族の一員なのです。ゆえに、私どもは心から小虎の身を案じております。このようなときに、冗談はお止め下さいませ」
 春泉の物言いもきつすぎたのだろう。
 秀龍は当惑顔で言った。
「たかが猫一匹で、何もそこまで大仰に騒ぐこともあるまい。見苦しく取り乱すのは止めなさい」
 こうなると、売り言葉に買い言葉である。
 春泉はキッと秀龍を睨みつけた。
「たかがですって? 小虎は私が十六のときから、ずっと一緒に過ごしてきた猫です。共に過ごしてきた時間は、旦那さまよりも長いのですよ? 私にとっては、生命の次に大切な家族です」
「な、何だと? 猫が生命の次に大切だと春泉は申すのか? 笑わせるな。そなたにとっては、私や恵里より、猫が大切なのか」
「誰もそのようなことは申しておりませぬ。家族というものが私にとっては生命の次に大切だと言っております。小虎は私には家族同然ゆえ、生命の次に大切だと申し上げました。それほどまでに大切なのは旦那さまも恵里も同じです」
「そなたは、私と恵里が猫と同等だと申すのかッ」
「旦那さまは、言葉のあやというものがお判りではないようですね。どの世界に、猫と人間が同列だと主張する者がおりましょう? 私が言いたいのは、私という人間にとって小虎は良人や娘に劣らないほど大切な存在だということですのに」
「もう良いッ」
 普段は滅多と声を荒げない秀龍が怒鳴り、父のいつにない剣幕に怯えて恵里が大声で鳴き始めた。
「大きな声を出さないで下さいませ。子どもが怖がって泣いております」
 春泉も負けずに言い返すのに、秀龍は鼻を鳴らした。
「ホホウ、そなたは恵里が泣くのまで、私のせいにする気か? この子が泣いているのは、普段は優しいそなたがたかだか猫一匹で柳眉を逆立てておるからだ!」
「たかだか猫一匹ですって? 旦那さまは、まだ、そのような酷いことを仰せになられますの?」
 言い合いをしてる中に、恵里だけでなく春泉まで眼に涙が込み上げてきた。 

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