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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

 そんな春泉の胸中など知らぬげに、秀龍が口の端を引き上げる。 
「猫は死ぬ前は人知れず姿を隠すというから、小虎も恐らく自分の寿命を悟って自分から出ていったのではないか」
 春泉は思いもかけない科白に、凍りついた。
 まさか、優しい秀龍がこんなことまで言うなど、考えてもいなかっただけに、打撃は余計に大きかった。
「酷い、旦那さまは冷酷すぎます。昔から、そうでした。小虎には冷たく当たってばかりだったではないですか!」
 春泉は唇を痛いほど噛みしめた。
「あなたの優しさは見せかけだけ。春風のように穏やかで、人を包み込むような男(ひと)だと一瞬は思ってしまうけれど、現実は大違い。十年も一緒に暮らしてきた小虎がいなくなっても心配しないだなんて、あなたの心はきっと氷でできているに違いありません。だから、平気で、たかだか猫一匹だなんて言えるんです」
 一気に言ってしまった後、春泉はハッと口許を押さえた。
 秀龍の端整な面には傷ついた表情が浮かんでいたのだ。これでは、まるで春泉の方が彼を苛めていたかのようではないか。
 しまった、言い過ぎたと思ったときには、既に秀龍は物も言わずに立ち上がっていた。
「お父さまもお母さまも、もう止めて。喧嘩なんかしても、小虎は帰ってこないんだから」
 恵里が叫び、火が付いたように泣く。それでも、秀龍は後ろを振り返ろうともしなかった。春泉は茫然と気が抜けたように、良人の後ろ姿を見送るしかなかった―。
 結局、そのまま秀龍は王宮に出かけ、春泉は行き場のない想いを抱えたまま悶々とすることになった。気を取り直して刺繍でもしようと、やりかけの作業を再開したけれど、当然というべきか少しも進まない。途中で二度も針で指を突いてしまった。こんなことも、いつもなら絶対にないことである。
 その日は、一日、そんな調子で過ぎた。
 夕刻になり、辺りが宵闇に沈む頃になっても、秀龍は戻ってこない。
 どうせ、翠(チェイ)月(ウォル)楼(ヌ)辺りにでも寄っているのだろう。こんなときは、幾ら香月が実は男だと判っていても、春泉は面白くない。秀龍と香月は無二の友である共に義兄弟の契りを交わした間柄なのだ。しかも何より常識を重んずる堅物の秀龍が男性である香月とどうこうなるはずもないのに、喧嘩したその夜、秀龍が香月に逢いにいっていると思うと、断然面白くない。

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