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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

 昨夜、小虎は夕飯も食べずに、早々に丸くなって眠った。いつも恵里の部屋で眠るのが日課なのに、何を思ったか春泉の部屋にやって来て、片隅で身を丸めて眠ってしまったのだ。小虎が春泉の傍で眠るのは実に久しぶりのことだった。
 大好きな汁(クツ)飯(パ)も食べずに眠ってしまった小虎を思い出し、不安感がさざ波となって春泉の背筋を伝った。
 恵里に手を引かれ、靴を穿くのももどかしく、庭を走った。小虎はクチナシの樹の根許にいた。腹這いになっている小虎の小さな顔は、眠っているかのように安らかだ。
「小虎」
 春泉は掠れた声で愛猫の名を呼んだ。
「小虎、起きなさい。お前の大好きな汁飯を用意するわ。昨夜は食べなかったんだから、今朝こそは全部食べなきゃ。―食べなくては、元気が出ないわよ、ね?」
 春泉は小虎の既に冷たくなった体を抱き上げ、大粒の涙を零した。
「お願いだから、もう一度、眼を開けてちょうだい。小虎」
 声が戦慄くのが止められない。
 初めて小虎と出逢った日から、更には皇家に輿入れしてからも、小虎は常に春泉の傍にいた。春泉に災難が降りかかれば、身を挺ししでも守り抜こうとするその姿に、かつて秀龍が〝春泉の護衛武官〟とからかい半分で呼んだものだ。
 突然の哀しみに震える春泉の肩に、分厚い手のひらがそっと置かれる。
「この間は小虎のことで心ないことを言って、済まなかった」
 秀龍の深い声が今は何よりの慰めに思える。これまで泣いていた春泉を慰め、癒やしてくれたのは小虎の鳴き声であった。でも、もう、その小虎はいなくなってまったのだ。
「私は昔から小虎に妬いていたのかもしれない。新婚のときからずっと、大切な春泉を独り占めされているような気がしていた」
「旦那さま」
 春泉は小虎を抱いたまま、秀龍の腕に身を預けた。

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