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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 玉彈が春泉の乳母となったのは、彼女が天涯孤独になってしまった二年後のことである。玉彈は元々、柳家で働く女中であった。彼女の良人も父祖の代から柳家に仕える使用人であり、使用人同士で結婚したのである。
 天涯孤独という意味では、春泉は玉彈と全く同じであったろう。確かに春泉には両親もいて、父親は都でも屈指の辣腕の商人だ。世間的に見れば、春泉が天涯孤独などと言えば、誰もが首を傾げるはずである。
 が、父は娘への過度の愛情を金や贅沢な品々で示そうとするしかせず、母は娘の存在など忘れ果てていたにも拘わらず、最近になって娘の存在を俄に思い出したようだ。といっても、何も急に母性本能にめざめたというわけではない。
 母がこれまで放ったらかしにしておいた娘に構い始めたのは、ほんの一、二年前くらいからのこと。春泉は今年、十六になった。つまり、世間でいう〝適齢期〟という年齢に差しかかった頃から、母は春泉という娘がいたと漸く思い出したらしい。
 母の目下の関心は、若い愛人とどれほど面白おかしく過ごすかということと今一つ、娘をどうすれば権門家に嫁がせるかというこの二つだけである。柳家は常民(サンミン)であり、その上の階級の両班(ヤンバン)とでは法律的には結婚できないことになっているが、そんなことは千福は物ともしないだろう。
 唸るほどの金をもってすれば、この世でできないことなどおよそありはしない。それが、千福の信条であり、実際、それはあながち間違いともいえなかった。ひと口に両班といってもピンからキリまである。判(パン)書(ソ)だ議(ウィ)政府(ジヨンプ)の政丞(チヨンスン)だといった大臣を輩出する名門から、下は貴族とは名ばかりの下級両班である。そんな下っ端はその日暮らしの常民(サンミン)を少しマシにした程度の暮らししかできず、身分は下でも柳家の方がよほど裕福で贅沢な暮らしをしている。
 まずは、そんな下流の両班に金を積んで我が娘を養女にと頼み込む。金欲しさに相手が一も二もなく頷けば、そこで春泉を貴族の娘分とし、それから上流貴族の許に縁談を申込みにゆく。 
 判書を出す家柄であっても、財政は必ずしも豊かとはいえない。山ほどの持参金を持つ花嫁がやってくれば、一時凌ぎとはいわず、以後もずっと柳家の財政的な援助が期待できるというものだ。

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