テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 つまり、春泉を養女とした家、更には嫁に迎えた家、二つの家が柳家の有り余るほどの財力のおこぼれを受けられるのである。
 恐らく、父の目論見は正しく、母の野心は遠からず叶うことになるのだろう。
 母が春泉を両班に嫁がせたがっているのは、何も娘の幸せを願っているからだけではない。純粋な親心よりはむしろ、己れが両班の縁続きになりたいという見栄と名誉欲を満たしたいがためにすぎないのだ。
 春泉にとっては父も母もいないも同然で、それは物心ついたときから変わらない。彼女にとっては、乳母の玉彈だけが家族であり、身内であったのだ。
 子どものときから、家にいても少しも愉しくなかった。父が屋敷内の若い女中の尻を追いかけ回す姿、それを見た母がヒステリックに使用人たちを叱り飛ばすのを間近に見ては、自分の室に逃げ込むのが日常だった。
 やがて、父は屋敷の女中たちだけでは飽きたらず、外に女を求めるようになっていった。一つには屋敷内では、母の監視の眼が光っているということもあったのかもしれない。母の悋気は凄まじかった。父の手が付いた若い女中を下男たちに寄ってたかって袋叩きにさせ、瀕死の状態で門外に打ち捨てたこともあった。
 身籠もった女中は堕胎薬を無理に飲まされたり、納屋に閉じ込めれ、何日もろくに食事を与えられなかった。そんな女たちの中にはあえなく生命を落とした哀れな者もいる。だから、自分には、もしかしたら母は違えども同じ血を引く弟妹が何人もいたかもしれないのだ―と、春泉はちゃんと知っている。
 むろん、春泉も女ゆえ、母の想いは判らないではない。良人が常に自分以外の女しか見ていない―それも真剣な想いであればまだ仕方ないと諦めもできようが、明らかに好色な男がいっときの欲求の捌け口を求めて女漁りをしているだけと判れば、腹も立ってくるというものだ。
 それでも、母のやり方はあまりにも度を越えていた。身籠もった女に堕胎薬を飲ませたり酷(むご)い折檻をせずとも、子が生まれる前に女どもども屋敷を出してしまえば済むことではないか。仮にも春泉の異腹の弟妹である。柳家の子女として育ててやれずとも、どこか遠くに里子に出して育てさせるというやり方もあったはずで、たとえいかほど辛くとも、柳家の女主人として母はそのようにすべきであった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ