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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第3章 父の過ち

「間違いはない。妹自身が俺に全部話していったんだから。もちろん、俺は止めた。そんな男の許になど帰らず、兄ちゃんと一緒に暮らそう。生まれてくる赤ン坊の面倒くらいは俺が見ると言ったんだが」
 妹は聞く耳を持たず、引き止める兄を振り切るように家を飛び出していった。そして、二度と帰ってこなかった。
 妹の変わり果てた骸が見つかったのが、この河原だった。妹は首を絞められた上、川に投げ込まれたのだ。
「役人も金を掴まされてたんだろうな。俺が幾ら訴えても、話を聞こうともせず、〝死因は溺死〟の一点張りだった。けど、妹の首には縄か紐で括り殺された痕がしっかりと残っていたんだ」
 弔いの後、初老の男がソヨンを訪ねてきた。その富豪の屋敷で雇われている執事だと名乗り、高価な玉の宝飾品が詰まった巾着を押しつけていった。
―お前の妹は、悪阻(つわり)も烈しく、体調がいちじるしく悪かった。妊娠中にノイローゼ(鬱状態)になり、正気を失って自ら川に飛び込んだのだ。
 それは嘘だ、と、ソヨンは執事に喰ってかかった。つい数日前に帰ってきた時、妹は元気すぎるほど元気で、気分が悪そうでもなかったし、ましてや鬱々となど微塵もしていなかった。
 猛然と抵抗する彼に、執事は気の毒そうに言い添えた。
―悪いことは言わない。これ以上、妹の死について詮索するのは止めなさい。お前の妹は旦那さまを脅迫するという身の程知らずのことをしでかした。むしろ、旦那さまがこれだけの気遣いを示して下さったことに感謝するんだ。
 ソヨンは執事にペッと唾を吐きかけてやった。
「何が気遣いに感謝しろだ? 笑わせる。人ひとり殺しておいて、よくもそんなことが言えたもんだ」
 執事が置いていった巾着を持って、ソヨンは妓房に行った。そこで妓生たちにすべてくれてやって、ひと晩、浴びるように酒を飲んだ。一夜明けて、陽が高くなってから妓房を出て、真っすぐここに来たという。
「なあ、〝光王〟という名に心当たりはないか?」
 唐突に我が名を持ち出され、光王は眼を瞠った。
「それは、どういう意味だ?」
 迂闊に自分の正体を明かすべきではないと判断し、彼はソヨンの出方を待った。

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