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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第3章 父の過ち

 その頭領〝光王〟という人物については、すべてが謎に包まれていた。うら若い絶世の美女だという人もいるし、今にも息絶えそうな老人、更には熊のような髭面の大男だという人もいる。
 要するに、誰も謎の暗殺者を見た者はいないのだ。誰の指図も受けず、己れの信念にのみ従って行動する手練れの暗殺者、〝光王〟。この二年ほど前から都人の口の端に上り始めた謎の刺客は、狙った獲物はけして逃がさない。
 また、不正と悪を憎み、庶民の味方だともいわれている。〝光王〟の標的となるのは、賄賂で肥え太った官僚、はたまた、あくどいやり方で暴利を貪る強欲商人。しかし、その程度では〝光王〟は生命までは取らない。彼の手に掛かったのはすべて、己れの私利私欲のために罪なき民を犠牲にして殺した輩ばかりである。そのため、一部では〝光王〟の名は神か仏のように崇められてもいる。
 そこで、光王はハッと我に返る。
 自分としたことが、肝心要(かんじんかなめ)のことを訊ねるのを忘れていた!
 ソヨンの妹の話は、それほど光王の心に響くものがあった。確かに妹が男を脅迫などしなければ、生命まで落とす羽目にはならなかったであろうが。女の浅はかさといえばいえたけれど、たったそれだけで生命を奪う理由には断じてならない。
「ソヨン!」
 光王が叫んだ時、ソヨンは既にかなり遠くまで歩いていた。呼び止められたソヨンが立ち止まる。首だけねじ曲げるようにしてこちらを見つめるのに、光王は声を限りに叫んだ。
「お前の妹の名前は?」
「スンジョン。勤め先は商人の柳千福の屋敷だ」
 それだけ言うと、ソヨンはまた前を向いて足早に歩いてゆく。後ろを振り向きもせず、今度はまた光王も引き止めようとはしなかった。
「スンジョン、柳千福だって?」
 光王は呟き、眼を瞑った。
 何という運命の皮肉だろう! あの娘の父親がソヨンの妹を殺した仇(かたき)野郎だなんて。
 あの娘―確か名は春泉といったか―と町で出逢ってから、彼は娘の身許を調べてみた。別に深い意味はない。ただ、興味を引かれたにすぎなかった。まあ、あの活きの良い礼儀知らずの娘のことが少しばかり気になったからともいえるかもしれない。

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