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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

 数代前から続くこの柳家は両班の家柄ではないものの、由緒ある商家であり、ましてや、千福は一代でこれまでの身代を更にひと回り大きくしたのだ。どうせ継がせるなら、自分の血を引く息子にその身代を譲りたいと願うのは自然な心情だろう。
 今でもたまに、ふっと、あのときの女の魂を根底から揺さぶるように悲痛な声、ひしと取り縋った細い手の感触が生々しく甦る。
 無事育っていれば、あのときの息子ももう十歳にはなっているはずだ。御仏のみ手に委ねた良人の子がどうか健やかに育っていればと願うのは、何も己が幸薄い母子を引き離してしまったことへの贖罪からだけではない。
 そんな時、彼女は良人を心から憎いと思わずにはいられない。千福の好色の毒牙にかかった女に、ましてや生まれてきた子に何の罪があるわけでもない。すべては女を玩具や所有物、欲望の捌け口としてしか見ていない千福に起因する。
 中には自ら千福の気を引こうとするしたたかな女もいるのだろうけれど、少なくとも、チェギョンが見たあの女は違った。千福を利用するというよりは、その庇護に縋らなければ生きてはゆけない―そんな風な頼りなげな女に見えた。
 丁度その頃、千福はやけに大人しく、屋敷に戻っていることが多かった。もっとも、千福の隠し子はこの子一人ではないはずだから、妾が出産する度にいちいち自宅謹慎していたら、ずっと屋敷に居続けなければならなくなってしまうに違いない。
 チェギョンは深い吐息を吐き出し、ゆるゆると首を振った。最近、昔ばかりを振り返ってしまうのは、歳のせいなのだろうか。一人で微苦笑を浮かべる。
 一粒種の春泉も十六になった。お世辞にも美しいとはいえない娘ではあるが、そろそろ良い嫁ぎ先を探さなくてはならない。春泉の浅黒い顔は、良人に瓜二つで、眼許などはそのまま写し取ったようだ。娘が良人に似ているというのは、まだ熱が冷めやらぬ新婚時代は良かったが、良人の悪癖に振り回されるようになってからは、ただ疎ましいだけになった。
 もっとも、千福の女好きは既に婚礼の翌日から始まってはいたのだが。
 そんなこともあって、彼女は娘をあまり近づけようとしなかった。娘の顔の向こうに良人の面影を見てしまうからだ。乳母に任せきりだったせいか、娘は彼女に殆ど親愛の情を示さない。

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