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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

「陳執事の言い分では、ここのところずっと病がちで、歳も歳だし、ここらで隠居したいとのことです。あなた、考えみて下さい。執事ももう五十八ですよ。息子は既に三十を越えています。分別盛りの息子がいるのだから、執事がここらで隠居したいと考えるのも無理のない話ではありませんか?」
「そんなことは儂だとて、判っている。陳執事は長きに渡ってよく仕え、儂が若くして柳家の当主となってからもずっと傍で支えてくれたのだ。その言い分も理解はできる。しかし、あの倅は父親の器量の半分もないぞ。儂は正直、長年仕えてくれているもう一人の執事の方を使用人頭にしようと考えていたのだ」
 柳家には二人の執事がいる。いま一人が四十前の、千福が陳執事の後釜にと言っている男であった。この男がチェギョンの腹心である。
 陳執事はどちらかといえば、主人の千福寄りではあるが、かといって、チェギョンが良人の浮気や隠し女について訊ねれば、おおよそのことは応える。千福に義理立てするより、使用人の人事を決める権限を持つ奥さまの意向を最優先するだけの分別は持っていた。
 むろん、陳執事が余計なことを言った云々をチェギョンもまた千福に告げるような浅慮ではない。その辺は二人の間で無言の協定が自ずと結ばれている。
「あなた、それは早急に決めてはなりません。旦那さまの深いお考えはよく理解できますが、陳執事の長年の労苦に報いるためには、息子をその後に据えてやらねばならないのでは?」
「―まあ、そなたの言い分も一理あるな。儂だとて、そうしてやりたいのは山々だがな」
 千福は難しげな顔で言いおき、じれったそうにパジチョゴリの紐をいじった。
「もう、良い。こんな結び方では満足できない。自分でする。そなたは下がれ」
 と、着替えを手伝っていた女中に顎をしゃくった。
「はい、旦那さま」
 それでもよく躾けられた女中は神妙な顔で頷き、静かに部屋を出ていった。
「あなた、何も女中に八つ当たりしなくても良いではありませんか。ですから、これは時間を要する話だと申し上げたのです」
「判った。その話は次に帰ったときにでも、刻をかけてゆっくりするとしよう」
「承知しました」
 チェギョンは良人に従って庭まで降り、頭を下げた。

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