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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

 人柄も器量ももう一人の執事が上なのだ。年齢は数歳ほどしか違わないが、人間の出来は数段違う。使用人たちも、表立って口には出さないが、そちらの執事の命であれば忠実に従うし、彼が使用人頭になることに納得するだろう。
 果たして、陳執事の息子に、大勢の使用人を束ねられるだろうか?
 女主人は使用人たちやその家族に至るまでのそれぞれの身の処遇を考えてやらねばならない。少し大袈裟な言い方をすれば、彼等の一生、時に運命さえもが主人の裁量一つで決まってしまう。
 それが良人の留守を預かる女主人の務めであり、女主人を助けて家政や財政を管理するのが執事の役目であった。また、一般的にはあまたの使用人を統率するのも執事であり、使用人頭と兼ねる場合も多い。
 屋敷の表向きのことを掌るのが執事であり、奥向き―つまり女たちの領域では、厨房での煮炊きや掃除、洗濯、そういった細々とした家事、雑事を女中たちが分担する。その女中たちの束ねが女中頭で、柳家では春泉の乳母玉彈がその役にある。執事と同様、奥向きを束ねる女中頭もまた重要な役割を果たしていた。
 いずれにしても、陳執事の進退はチェギョンだけで決められるものではない。千福の帰りを待って決めるのなら、今しばらくは先延ばしにするしかなかった。

 千福が伴人を連れて門から出ていったのを見届けてもなお、光王は物陰に身を潜めていた。ここは念には念を入れておいた方が良い。
 千福の屋敷は宏壮で、周囲をぐるりといかめしい塀に取り囲まれている。塀を越えて乗り込むよりは、やはり堂々と白昼に門から訪ねていった方が良いだろう。
 千福の乗った馬の手綱を執事の倅が持ち、その両脇を下男や執事が守るように固めている。一行が道の曲がり角を曲がってから、光王は漸く姿を見せた。
「ケッ。たかだか商人の癖に、まるで両班のような豪勢な暮らしぶりだな」
 光王は皮肉げな口調で呟いた。
 この屋敷を維持するために、どれだけの金が使われているか。その金を稼ぐために、千福がどれだけ多くの人の血と涙を啜っているか。
―あいつは蛭(ひる)のような男だ。
 千福についての情報を集めている時、彼に手酷い目に遭わされた男が口にした科白だ。

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