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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

 すっくと立った身の丈は仰ぎ見るほど高く、後ろで緩く束ねた長髪が四月の陽を受けて燦然ときらめいている。その色はさながら黄金色。瞳は蒼く、澄んだ水のごとく透徹で、人の心の奥底まで見透かすかのように鋭かった。
 水の精、いや夜空に妖しく輝く満月が人へと姿を変えたなら、こんなに美しい男となるのかもしれない。
 少年が蠱惑的な微笑をその異国人めいた美しい容貌に滲ませる。凍てついた氷を思わせる微笑みでありながら、同時に今、この時季に爛漫と咲き誇る桜―それも漆黒の闇に艶然と咲く夜桜のような艶めいた色香がある。
 一瞬、この少年は真昼の夢が見せた幻かと思った。異様人がこのような場所にそうそういるものではない。
 だが。陽の光が少し翳った途端、少年の髪は輝きを失い、落ち着いた茶色に変じた。というより、端から、この色だったのだろう。同時に、深い海のような色をした瞳も髪の毛と同じ茶色に戻っている。陽の当たり加減でどうやら、彼の髪は様々に色が変わって見えるらしい。
 朝鮮人にしては、髪も瞳も色が薄いけれど、この色では異様人とはいえない。並外れた長身といい、この少年には異国の血が流れているのだろうか。
 この少年に微笑みかけられたすべての者は、瞬時に魅了され、魂まで絡め取られてしまうに違いない。その尋常でない美しさは禍々しささえ感じられるほどであった。
―昔から、美しすぎるものには魔が潜んでいるというよ。お前もお気をつけ。
 チェギョンは、祖母が子どもの頃、煌々と輝く満月を見上げながら、よく口にしていた科白を思い出していた。
 そう、貧しかったけれど、幸せで満ち足りていた少女時代。あの幸せだった時代と訣別した瞬間は、チェギョンが将来を誓い合った幼なじみや両親を棄てたときでもあった。
 二人の出逢いは、通りすがりの千福が町の八百屋で働いているチェギョンの美貌にひとめで眼を奪われたことから始まった。良人となる千福はそこまでする必要はないと言ってくれたけれど、その頃、まだ健在であった千福の母がその日暮らしの銀細工職人一家とは親戚付き合いできないと拒絶したのだ。

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