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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 春泉がこうして屋敷を度々抜け出し、町に出るのも、ひとえには屋敷にいてもくさくさするだけだという理由があるからだ。最近、母はどこぞに男を囲うだけでは飽きたらず、男を屋敷の中にまで引き込むようになった。
 母の相手を務めるのは皆、一様に若くて眉目の良い男ばかりである。母は三十五、春泉から見ても、まだまだ若く美しい。残念なことに、春泉自身は佳人と評判の母とは似ても似つかず、色の浅黒くて糸のように細い眼の父と瓜二つであった。
 母が春泉をけして近づけようとしなかったのも、この醜い容貌のせいもあったのだろう。娘を見れば、憎らしい良人を思い出すし、また、同じ抱いてあやすなら、嫌いな良人にそっくりの醜悪な顔をした娘よりは自分にそっくりな可愛らしい娘の方がよほど良い。
 実際、母は春泉が見てもお世辞なく若々しい。到底、十六の娘がいるとは思えない瑞々しい美しさを保っている。父が母を妻に迎えたのも、この類稀な美貌のせいだとは知っている。母は常民ではあるが、柳家とは釣り合いの取れないほど貧しい家の出であった。
 母の父は銀細工職人で、腕はそこそこなのに、酒と博打が大好きで賭け事には眼がなかった。折角得た金もすぐに酒代や博打代に化けてしまうので、一家の暮らしはいつも切迫していた。
 母は市の野菜売りの店で働いていたところ、通りすがりの父に見初められて迎えられたのだという。当時、母には既に末を言い交わした恋人がいたとか。しかし、欲に眼がくらんだ母は恋人をあっさりと棄て、富豪との玉の輿婚を選んだ。その挙げ句に待っていたのが、このけして幸せとはいえない結婚生活だとは母自身は想像もしていなかったろう。
 母の恋人は働き者の実直な若者だったという。もし父などと結婚せず、その若者と所帯を持っていれば、貧しくとも、母は幸せな女の一生と魂の安らぎを手に入れられたに違いない。一時の欲に血迷ったばかりに、母は大切な物を失ってしまったのだ。
 もちろん、これらの経緯を春泉は母や父から聞かされたわけではない。屋敷内のお喋り好きの女中たちがひそやかに囁き合っているのを物陰で幾度かこっそりと聞いたにすぎない。話の断片をつなぎ合わせてゆくと、大方、このような話の筋書になる。だから、どこまでが真実なのかは判らないのだけれど、確かに、あの父と母であれば、そういった過去も満更あり得ない話ではなかろうとも思えた。

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