テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 千福は自身の行動に後ろ暗いところがあるからか、常に用心棒代わりの屈強な下男を連れている。屋敷内も彼等が常に眼を光らせて、不法な侵入者に備えている。
 光王は何故、あんな話を他ならぬ千福の娘である春泉にしたのか。単にスンジョンの兄から聞いた言葉そのものを伝えたにすぎないのだろうか。
 別れ際、光王があの科白をわざわざ自分に告げた意味がどうしても幾ら考えても、判らない。
「あら、お嬢さま。刺繍ができたのですね」
 玉彈はこの頃、とみに肉がついて貫禄が出てきた。そのふっくらとした身体を揺らしながら、座椅子に座った春泉の許にやってくる。
「この出来映えであれば、きっと奥さまもお歓びになるに違いありません。お嬢さまの刺繍の腕は一流の職人に勝るとも劣りませんねえ」
 この心優しい乳母は、娘に何かと隔てを置く奥さま(母)が春泉に少しでも愛情を抱いて欲しいと春泉のために願っているのだ。礼曹判書の夫人に贈る刺繍の出来が良ければ、母の機嫌が良いことは判っている。この刺繍が母の歓心を引き、ひいては母が春泉を可愛い、大切だと思うようになれば良いと考えている。
 玉彈の福々とした両手には、少し大きめの額があり、その中には白地に鮮やかな牡丹の花とそれに戯れかける蒼い蝶が飛んでいた。そう、あの父が清国土産にと持ち帰った手鏡の意匠をそっくりそのまま図柄に使ったのである。
 父の手土産―。そこから、彼女の思考はまた元に還ってゆく。
 父がこれまでしてきたこと、また、スンジョンに対してなしたことは人として絶対に許されないことだ。
 しかし、どんなに非道な父であっても、春泉にとって、千福はたった一人の父であった。その事実は今までも、そして、これからも変わらない。
 嘘、嘘よね。
 もし、この場にまだ光王がいたなら、春泉は彼に縋りつき、その身体を烈しく揺さぶって問いただしていただろう。
 そして、何より、春泉は光王という男についてもっと多くを知りたいと思うようになり、彼に惹かれてゆく自分を止められなかった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ