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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

幸いにして倫の傷は左腕で七針縫う程度で済んだ。だが、深さ一センチ程の傷は、しばらく、ずきずきと痛みに疼き、仕事が出来なかった。それなのにバー・アドニスのママは、看板息子でいいから来てくれと言ってくれた。グラスも拭けず、カクテルも作れない倫は、私服姿でカウンターに座ってお客の相手をした。客はかえって喜んだ。私服姿の倫もなかなかだと。

「あの…」倫は恐る恐るママの旦那に初めて自分から口をきいた。「あの人は…」瑠璃の事だ。「…あれか。売り飛ばした。行方不明になってるはずだ。」フッ…倫はなんの罪悪感も持たなかった。「今頃、韓国辺りの高級売春宿にでもいるんじゃないか。」旦那は煙草の煙を吐きながら白々と言った。「…すみません」倫は謝った。「俺の店であんな事をしたんだ。当然だ。」倫は自分が世話になっている暴力団に少しぞっとした。(本当に怖い世界だな)と。だが、心強くもあった。あの時、警察を呼ばれないで本当に良かった。警察が来れば事件として取り上げられ、調書をとられるだろう。身元がわかってしまう。倫は実家に帰る気は微塵もなかったからだ。ママ達も倫を手離したくなかったから気を利かせたのだ。

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