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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

倫はその声にドキッとした。一瞬にして警察の職務質問が頭をよぎった。眠りそうだった倫はハッとして目を開けて声の主を見た。見たことのあるような…ないような…品の良いスーツを纏ったダンディーな、色の浅黒い男だった。男は言った。「アドニスの倫くんだろ?ヨレヨレじゃないか…こんな所でどうした?」倫は違う意味でヤバいと思った。バーの客だったのだ。すぐに体を起こし、「や。いや…すみません。よ、夜、仕事なので…ちょっと休憩を…」男はそれを聞いていぶかしげに倫の様子をみた。「前から思っていたんだが…」男は長い沈黙の後…
「愛人にならないか?俺専属の。」
「は?」倫はあまりに唐突な話しでびっくりした。
「君は…新宿にいるべき男じゃない。あの店は元は俺の店だったから、たまに顔を出すが…ずっと君を見ていた。…俺ならもう少しマシな生活をさせてやれるだろう。束縛はしない。時々、会ってくれるだけでいいんだ。」倫はこの、降って湧いたこの話しに驚きを隠せなかった。「オーナーも俺に譲るなら文句はないだろう。考えておいてくれ。…このままじゃ君は駄目になる。」この後、倫とこの男は運命的な関係になるということを倫は勿論、知るよしもなかった。

ママは大層がっかりしたが、それが倫の幸せだとなぜか勝手に決めつけて、半ば強制的な流れで倫は愛人としてその男と契約を結んだ。条件として「束縛しないこと」を倫は要求した。月50万を好きに自由に使っていいと言われた。男は「ただし、洋服の見立ては俺の好みに合わせろ。俺の横に立つにふさわしい姿になってもらう。」倫はそれを聞いて、こいつと会う時だけのことだからと気にとめなかった。男は昔、防衛庁のあった場所のすぐ近くの六本木の高級マンションに住んでいて、倫には麻布にワンルームをあてがった。申し分なかった。「さてと」男は言った。「買い出しに行くか。」
「何を?」倫は尋ねた。「俺の横に立つにふさわしいお前の服をだよ。」

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