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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

倫は藤原に自分の素性を話す覚悟を決めた。沈黙が続いたが、藤原が口火を切った。「よし、飲みに行くぞ。」気付けば、午後8時をまわっていた。

六本木の夜は新宿の街と全然変わっていた。違った煌びやかな落ち着いた大人の世界がそこには広がっているように倫には見えた。といっても、藤原が、六本木、麻布、赤坂、青山などを、ぐるぐると車で回ったので、もはや今、ここにいる店がどこなのか倫にはわからなかったが。落ち着いたアールデコのコンクリートが打ちっぱなしの空間の中にアールヌーボー調の装飾的な鉄製の椅子が置いてあるという、一種独特なインテリアのバーにふたりはいた。まだ早い時間でバーには倫と藤原しかいなかった。藤原はスピリッツァーを頼み、倫には何でも頼むよう即した。「あ、じゃあ…カミカゼを…」「カミカゼか…こりゃ意外だな。」なぜか藤原は笑った。バーテンダーは無口でシェイカーの音だけが店内に響き渡った。「好きなの頼んでいいぞ。」藤原は言った。「あ、藤原さん、俺、実は酒…あんまり強くないんです。だからこれで。」キョトンとした顔で藤原は倫を見た。「それでカミカゼか?…まあ、いい。」藤原は笑った。店内に藤原の笑い声が響いた。倫は何を笑われたのか分からず、馬鹿にされたように感じ、少しムッとした。「じゃ、続きは帰ってからだな。」藤原がぽつりと言った。藤原はほとんど一気に飲んでしまうと倫が飲み終わるのをじっと待っていた。その間、店のマスターと何やら仕事の話しをしている様子だった。ぽつりぽつりと、藤原とマスターの話し声が、倫の耳に響いた。
(モデルか…お尋ね者の俺でなかったら、出来たのかな…)ぼんやりした頭で、倫はそんな事を考えた。倫はかなり時間をかけて飲み終わった。それを見て藤原は言った。
「さて、行くか。」

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