
たまゆらの棘
第1章 幼き日々
倫の父親は自転車屋を営んでいて、母親はスーパーのレジのパートをし、生計を立てていた。日舞の発表会などではそんな中、大枚が飛んで行った。倫の母親はよく周囲に言った。「本当に女の子に生まれれば良かったのにねえ。」倫は母親と手を繋ぎながら幼い心で「僕は間違ったんだ」と、言われる度にチクリと胸が痛んだ。一方、父親は倫を女扱いはしなかった。よく自転車の後ろに乗せて「倫。わしらの御先祖は太平記に出てくる侍頭じゃ。お前はその血筋を受けた立派な男なんだぞ。どんな事があってもプライドだけは捨てるな。」とよく言った。土手の夕焼けが綺麗なのを倫は死ぬまで忘れない光景であった。ある日、学校に母親が突然来て倫を病院に連れて行った。父親が心筋梗塞で倒れたのだ。あっというまだった。十歳の倫にはまだその悲しみは解らず、横で号泣する母親だけに圧倒され、静かに横に佇むことしか出来なかった。母親の号泣の後を追うように外では夏の夕立が激しく地面を叩きつけ、それは母親の涙に呼応するようだった。
