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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

「倫、ひとつ聞いていいか?」
「どうぞ」
藤原は少し黙った後、「じゃあ、女は抱けるんだな?」と言った。
「いえ。抱けなくなりました。元々誘いはありましたが、極力、避けてきましたし…女は嫌いです。」倫は身震いした。
「そうか。」藤原は目を伏せた。
倫の脳裏に母親の倫を無視する笑い声…ナイフを持って押さえつけられている瑠璃…麗のはしゃぐ顔が浮かんだ。
「ああ!」倫は叫んで自分の顔を手で覆った。
「どうした?」藤原は驚き、倫を思わず抱きしめた。「大丈夫…大丈夫だから。」藤原は言った。
(ああ…大丈夫だ)倫は両手を離した。こんな悪夢に負けてたまるかという感じで、その顔は青白く、冷たい非情な色をたたえていた。
「この間、待ちんぼしてたら、女に買われたんです。俺…いつの間にか…女に触れなくなってた…インポなのねって言われたし。」倫は独り言のように言った。
「…そうか。もう街に立たなくていいんだから…倫。嫌なことはするな。」藤原は静かに言った。
「は…い」倫は蚊の鳴くような小さな声で返事をした。
気分を変えようと倫は藤原に言った。
「藤原は?…女、好き?」倫は愛想笑いを浮かべた。
「つまらないことを聞くな。…今は君がいる…」そう言って藤原は倫の唇に、軽く、キスをした。
「…抱いて…藤原…」倫は下を向いてつぶやいた。悔し涙が溢れて、倫は泣きだした。(全部、忘れさせて…)倫は藤原に抱かれる度に「死」を願った。

藤原と愛人の契約を結んで2ヶ月が経とうとしていた。倫は麻布のワンルームと六本木の藤原のマンションを行き来していたが、麻布のワンルームは殆ど使っていなかった。倫のオムレツもだいぶ板についてきたようで、藤原は飯の炊き方やらパスタやらと次々に倫にレシピとテクニックを教えた。倫にとっては面倒でもあったが、楽しい時間でもあった。料理が出来るとそれが失敗しても上手く言っても、藤原はいつも快活に嬉しそうに笑い、倫の料理を旨そうに食べた。倫には初め、この温かで柔らかな時間は谷口といた頃を思い出したが、最近はそれもなくなってきた。KOOL、藤原が吸う煙草はマルボロライトではなかった。その、柔らかで温かな時間が倫には幸せを感じられて苦痛だった。倫には自虐的な欲求が強かったからだ。

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