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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第7章 第二話・其の参

「それでは、殿の折角の仰せにございますゆえ、お話し申し上げます。話というのは他でもございませぬ。殿のご身辺のことにございます」
「私の身辺―、はて、何のことを仰せられているのでございましょうか」
 孝俊にはこの時、本当に義母が何を言おうとしているのか解せなかったのだ。
 と、宥松院はしてやったりと言わんばかりに口を開いた。
「私はかねてより殿にご側室をお勧めしたいと考えておりました」
 思いもかけぬ言葉に、孝俊は刹那、息を呑んだ。
「我が尾張家には目下、殿の御子としては徳千代君がおわすのみ。世継が一人だけでは心許ない想いが致すというもの。それに、この際、はきと私の了見を申し上げますが、身分賤しき町人の女の生んだ子なぞにこの尾張大納言家を継がせとうはございませぬ。そこで、できれば、今一人、由緒正しき家柄の娘を妻に迎え、若君を生んで頂きたいと、新たな世継の若君のご誕生を心より望んでおりまする」
「―」
 しばらく、孝俊から声はなかった。
 孝俊は、ともすれば眼の前の女の胸倉を掴みたい衝動を抑えた。心臓がばくばくと音を立てているのが自分でも判る。このいけ好かない女に、その音を聞かれてしまうのではないかと思うほどだった。
「ホウ、義母上は新しい妻を迎えよと仰せになられる。それで、もし仮に私が新しき妻を迎えたれば、義母上、美空はどうなりまする?」
 孝俊は静かな声で問うた。
 宥松院は知らない。孝俊は怒れば怒るほど、余計な感情をそぎ落とし、静かに冷静になってゆくのだ。

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