テキストサイズ

激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第7章 第二話・其の参

「それは―」
 宥松院は、一段とにこやかに微笑む。
「やはり、側室ということになさるべきでございましょう。いいえ、最初から殿はそのようになさるべきだったのです。あのような下賤な女なぞ、側妾で十分。私は元々、あの女を側室ならともかく、正室として迎え入れることには反対でございました。殿、今からでもけして遅くはありませぬ。あの娘に殿がそれほどご執心というのであれば、愛妾ということにしておけば良いのです。尾張藩の藩主ともなれば、幾人のご愛妾をお持ちになろうとも一向に問題はございませぬ。むしろ、あのような、いずこの馬の骨とも知れぬ女をご簾中だなぞと呼ばねばならぬ今の事態の方が憂慮されるべきではございませぬか」
「義母上は、美空を側妾にせよと仰せられますか」
 孝俊は抑揚のない声で言った。
 心の中では沸々と蒼白い怒りの焔が燃えていた。
―この女は、美空を、俺の美空を側妾にしろとそう言うのか!!
 やり場のない憤りが胸の中で渦巻く。
 孝俊は、美空の花のような笑顔を思い浮かべた。あの女が他人を悪く言うのを聞いたことがない。どんなに辛いことがあっても、いつも微笑んでいる、そんな女だった。いきなりこんなところに連れてきて、さぞ戸惑い、周囲からの冷たい視線に曝されているだろうに、孝俊の前では哀しそうな顔も愚痴も泣き言の一つも言わない。
 花のように可憐な外見に似合わず、しっかりとした娘だった。どんな強風に吹かれても、けして倒れない花があるように、美空も逆境に陥っても挫けることがない。
―殿、いつか、俊昭さまも殿の真のお気持ちをお判り下さる日がくるやもしれませぬ。その日を待ちましょう。
 そう言ったときの美空の懸命な瞳が忘れられない。あれは恐らく、美空自身が己に言い聞かせている言葉なのだろう。
 いつか、この尾張藩のご簾中として誰からも認めて貰える日が来る、だから、その日を待とう、と。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ