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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第7章 第二話・其の参

「当然の処遇にございましょう。殿もよくよくご存じのこととは存じますが、殿があの女を突然、妻として迎え入れたいと仰せいだされた時、この上屋敷はもちろんのこと、尾張藩内では相当な物議を醸しました。江戸家老の碓井主膳を初め主だった重臣、家臣一同がこぞって異を唱えたことを、よもやお忘れではございますまい」
 宥松院がしたり顔で滔々と述べるのに、孝俊は低い声で言った。
「私と美空はしかるべき人を間に立て、祝言を挙げました。いわば、世にも認められた正式な夫婦です。その妻を今更、何ゆえ側室なぞという立場に置かなくてはなりませぬか」「それは、所詮は町人同士の間のことにござりしまょう。町人どもには町人の、武家には武家のしきたりというものがございます。ましてや、我が尾張徳川家は御三家筆頭、もし公方さまに何か変事ありしときは、その当主は宗家に入って将軍ともなるべき由緒ある家柄。下賤の者どもとは生きる世界が違うのです」
「義母上は先ほどから美空のことを身分が賤しいとか申されますが、武士も町人もどこが違うというのですか。私も人間であれば、彼等も同じ人間、その同じ人間同士が何故、身分や生まれが賤しいとか、そのように決めつけることができるのでしょう。私の母は黒鍬者(雑役夫)の娘でございました。さりながら、母は亡き父上に愛され、私を生んでくれました。私は妻となる女性を生まれ育ちで選びたくはありません。生まれだけが高貴でも、心の賤しき貧しい女より、町家の生まれの美空の方がよほど心がきれいで優しい」
 まさに、これほどの皮肉はない。孝俊は二畳関白家の姫であった義母よりも、職人の娘の美空の方がよほど高貴な心を持っていると言っているのだから。
 あからさまに詰られ、宥松院の浅黒い顔が更にどす黒く染まった。
 二条家の姫として生まれ育った宥松院にとって、誇りを傷つけられるほど腹立たしいことはないのだ。ましてや、この場で孝俊から、とうに亡くなったあの忌々しい女のことまで持ち出されて、怒りは頂点に達した。

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